25


「ふぅ……、このくらいでいいかな」


周辺一帯一通り結晶花を摘み終わった頃、持ってきた袋は色とりどりの結晶花でいっぱいになっていた。それがいくつも纏まっている光景を見て、満足感と充足感を覚える。


「白雪ちゃん、おつかれ様ー。初めてなのによく頑張ったねぇ」

「花だけ綺麗に摘み取るのは緊張しましたけど、とっても楽しかったです!」

「うんうん、ボクも結晶花摘みは大好き。宝石に変わっていくところは面白いよねぇ。はいこれおやつ」


隣に座ったドーピーさんに、赤くて表面が粒々した小さな果実を手渡される。


「これって、野いちごですか?」

「そうだよ。さっき向こうで見付けたんだぁ」

「野いちごって、なんだかちょっと酸っぱそうなイメージがあります」

「いくつか種類があるから、そういうのもあるねぇ。でもこれは甘いやつだから安心して食べてみて」


一粒手に取り口に入れる。すると、仄かな甘味が舌の上に広がった。


「本当だ、甘いです」

「でしょー。じゃあそれ食べながらゆっくりしててぇ」


ドーピーさんが立ち上がったのにつられて見上げると、他の面々も立ち上がり肩につるはしを担いで移動を始めている。


「あれ、まだお仕事あるんですか」

「うん。ここからだと陰になってて見えないんだけど、すぐそこに鉱山の入り口があってね、これからもうちょっと作業するよぉ」

「じゃあ私も何かお手伝いを……」

「あ、白雪ちゃんには結晶花の仕分けをお願いしたいんだって。ドクが言ってた」

「仕分け?」

「結晶花っていろんな色があるでしょお?だから、それを色ごとに分けてほしいんだ。ボクたちはちょっと離れるけど、声が届く範囲にはいるから、何かあったらすぐに呼んでねぇ」


なるほど、立ち上がり少し動いてみたら、すぐ近くに洞窟のような穴があるのが見えた。これなら確かに声も届くだろう。


「わかりました。皆さんもお気を付けて」

「はぁい、またあとでね」


振り返って手を振る姿を見送り、目の前に山と詰まれた結晶花に向き合う。八人で集めただけあって、かなりの量がある。これを一人で仕分けるとなると、なかなかに骨が折れそうだ。


「……頑張ろう。よしっ」


一人小さく気合いを入れて、最初の一つを手に取った。




「終わったー……!」


屈みっぱなしだった腰と体を大きく伸ばすと、指の先まで血が巡っていく感覚がする。

単純作業とは言え、量が量だっただけに、綺麗に色分けされた結晶花を見ているとなんとも言えない達成感が込み上げてくる。


いつの間にか真上にあった太陽が落ちて、辺りはすっかり温かいオレンジの光に染められていた。

作業に夢中になっているうちに、思いの外時間が経っていたらしい。

みんなはまだ作業中なのかと振り返った途端、頬っぺたにひんやりしたものが当たって思わず仰け反った。


「わあっ」

「ごめんごめん、驚かすつもりはなかったんだけど。おつかれ様ぁ、はいこれおやつ」


そこにいたのはドーピーさんで、目の前に真っ赤な林檎を差し出されていた。夕日に照らされて、林檎の色がより一層濃く感じられる。


――ドクン。


不吉な予感に鼓動が跳ねる。


「……どうしたんですか、これ」

「さっき裏の方で林檎の木を見付けたからいくつか取ってきたんだ」


その言葉通り、伸ばした方とは逆の腕には抱えられる分だけの林檎が乗せられていた。

形は不揃いだけれど、どれも艶々としていて、不思議と目を引き寄せられる。


――ドクン。


直感的に思う。この林檎は食べてはいけないと。白雪姫と林檎の因果を忘れたわけではないだろう。それなのに、意思とは関係なく甘い香りに誘われるように手を伸ばしてしまう。


「お姫様は綺麗にカットされたやつしか食べた事ないかもしれないけど、このまま齧っても美味しいんだよぉ」


――ドクン。


大丈夫、なのかもしれない。だってさっきも渡された野いちごを食べたけれどなんともなかった。それに今ここにいるのはよく知っているドーピーさんだ。


「……いただきます」


自分でも無意識のうちに林檎を両手で支え、滑らかな表面にゆっくりと顔を近付けていく。

小さく口を開けて、甘くて美味しそうな林檎を一口齧って――


「……っ!」


息が止まった。いや違う。齧った欠片が喉に詰まったんだ。気道を塞いでいる欠片は、飲み込む事も吐き出す事も出来ない。まるで何かで固められたように、その場から全く動く気配がない。声も出せないまま、段々と視界が白く染まってゆく。


「この私が直々に作った毒の林檎のお味はいかが?」


ぞくりと背筋が凍るような、冷たく響く声がした。霞む視界の隅に、見覚えのある魔女の顔が映る。


「これまでは運良く生き延びてきたようだけど、あなたの運もここまでよ。いい?良く覚えておきなさい。この世で誰よりも美しいのはこの私。今までも、そしてこれからもずっと」

「た、すけ……て……」


絞り出した声は音にならず、魔女の高い笑い声だけが耳に響く。再び林檎の甘い香りを感じたと同時、視界が完全に真っ暗になった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る