24

“早くこの物語が完結してほしい”

――もしかしたらそんな僕の想いが届いたのかもしれない。




倒れた翌日。朝から代わる代わる世話を焼かれ、一日のほとんどをベッドの住人状態で過ごした僕は、その夜にはすっかり体調も気力も快復していた。

だからドクさんから「全員で纏まっていた方が安全だろうから、一緒に仕事場に行かないか」と提案された時には、言葉が終わると同時に勢いよく頷いていた。今までは危ないからと連れていってもらえずにいただけに、興味があったのだ。


夜明け間近の時間帯、一列に並んでつるはしを担いだ背中に続く。慣れない早起きでぼんやりしていた頭も、森の澄んだ空気の中を歩いているうちに冴えてきた。

見た事のないような花や木の実、すぐ側を駆け抜けていく動物たち。珍しい光景にわくわくする。

まだ平坦で歩きやすい道だった事もあって、前を歩くドーピーさんとの会話も楽しみながら歩いていた……、のだけれど。


「白雪ちゃんとこの道を歩けるなんて思わなかったなぁ。やっぱりみんなと一緒だと楽しいねぇ。ってあれ、大丈夫?」

「な、なんとか……」


余裕を持って楽しめていたのは最初の方だけ。道は今や登山と言っても過言ではないような、険しい山道になっていた。

大きな岩がそこらじゅうに転がっているし、倒れた木がそのままになっていたり、伸び放題の枝や草が行く手を阻む。

前を歩くみんながある程度は障害物を避けてくれているので、最後尾の僕は随分楽なはずなのだけれど、最早景色を楽しむ余裕なんて残されていなかった。


「う~ん、ほんとはちょっとでも休ませてあげたいところなんだけど、今日は朝にしか採れないものが目的だからねぇ」


そう。だからこそこんな夜も明けきらない早朝に出発したのだ。それをわかっているからこそ、前との距離を空けすぎないように、ほとんど気力で足を動かしている。


「あ、そうだ。いい事思い付いた。ねぇスニージー、ちょっとボクのつるはし持ってて。で、白雪ちゃんはこっち」


ドーピーさんは前を歩くスニージーさんに自分の荷物を預けたと思ったら、僕に向かって背中を向けてきた。


「え、っと……?」

「ほら乗って乗って。早くしないと遅れちゃうよぉ」


迷っている間にも前との差が大きく開き始めている。ここで断り一人遅れを取るのと、おぶってもらうのでは、どちらが迷惑にならないか。

そう考えたら心は決まった。


「……よろしくお願いします」

「おーけー、任せて」


言うや否やひょいと担がれ、軽々と走り出す。

目線はさっきまでと変わらないのに、進むスピードは段違いで、危うく振り落とされそうになった。


「しっかり掴まっててねぇ。目的地まで全速前進ー!」

「うわわわわわわっ」


自分の足で歩くのとはまた違った大変さは少々あったものの、ドーピーさんのおかげで大幅にスピードアップし、ちょうど朝日が昇る頃に目的地へと到着した。

採掘と聞いていたので、岩だらけの殺風景な洞窟を想像していたのだけれど、今目の前に広がっているのはそれとは真逆の、一見するとお花畑のような緑溢れる場所だった。


「ここは……?」

「まあちょっと見ててごらん」


言われるままに眺めていると、段々と僕たちが立っている斜面にも陽が差してくる。

すると不思議な事が起こった。

固く閉じていた蕾が、陽が当たったところから順にゆっくりと花を開いていったのだ。

よく見ると花びらの一枚一枚が光を反射して輝いていて、一面煌めく海のような目映い光景に目を奪われる。

斜面全体が光に包まれた頃、それまで並んで同じ光景を見ていたみんながそろそろと動き始めた。


「白雪ちゃん、こっちこっち」


ドーピーさんに手招きされ近付くと、彼は手近な花に手を添えながら説明してくれた。


「これはね、結晶花ってボクたちが呼んでる花なんだけど、こうして摘むと……。ほら見てて」


手のひらに乗せられた花が、真ん中から花びらの先に向かって少しずつ透明になっていく。そっと触れてみると、滑らかで硬い。これはまるで


「宝石みたい……」

「そう、まさに宝石になるんだよ」

「えっ」

「驚いたでしょ。でもね、結構繊細なところがあるから、花の部分だけを綺麗に摘まないとダメなんだぁ」

「じゃあ例えば切り花にして飾ったりは出来ないんですか?」

「それは無理だねぇ。切り込みを入れると、その茎と周辺がたちまち枯れちゃうから。でも花だけ摘むと、また来年も綺麗に咲いてくれるんだよ」


なんとも不思議な宝石の花は、鉱石にたくさんの種類があるように、同じ場所同じ茎から咲いているのに、様々な色や形があった。

それを一つずつ丁寧に摘み取っていく。柔らかい花びらが透き通った結晶のようになっていく過程は何度見ても見飽きる事はなく、夢中になって摘んでいった。






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