22
背の高い草が腕に当たる。足元は小石や木の根でぼこぼこしていて、何度も躓きそうになる。
それでも足を止めないのは、先程の派手な音の後、急に静かになったからだった。
もし動物に襲われていたんだとして、何事もなく逃げられていたならいい。あの声が僕の聞き間違いだったならもっといい。でもそうじゃなかったら。声も出せない状態にまで追い詰められているんだとしたら……。
「誰か、誰かいますかー!いるなら返事してくださーい!」
不安を振り払うように声を出す。ざっくりと音のした方向へ走ってはきたけれど、正確な場所まではわからない。もう少し先まで行って、何もなかったら引き返そう。そう思った時、視界の隅で何かが光った。
近付いて拾い上げてみると、それは綺麗な装飾の施された髪飾りのようだった。よく見ると他にもいくつか落ちている。点々と辿っていった先、横たわる男の人の背中があった。
「大丈夫ですか!」
「……う、うぅ」
声を掛けるとすぐに返事があった。服の裾が少々破れてはいたけれど、見たところ特に怪我もなさそうだ。
「何があったんですか」
「近道をしようと、森を突っ切っていたら、急に大きな猪が現れて……」
猪と聞いて咄嗟に身構える。こんな棒切れでもないよりはマシなはず。
「あぁ、もう大丈夫。ランチ用に持ってきたサンドウィッチの入ったカゴを投げたら、それを咥えて離れていったから」
「そうですか」
「ところで君は?この辺の子かな」
「あ、はい、まぁ、そんな感じです」
「そうか。助けにきてくれたんだね、ありがとう」
「いえ!何もしていませんよ」
「その気持ちだけで嬉しいんだよ」
お兄さんに綺麗な微笑みを向けられ、ちょっとだけどぎまぎしてしまう。それを悟られないように話題を逸らす事にした。
「あの、さっき近道しようとしたって言ってましたけど、どこかへ行く途中だったんですか?」
「今日から三日間、街でフリーマーケットが開かれるんだ。俺も出店しようと思っていろいろ持ってきたんだけど、逃げる途中でほとんど落としてしまったみたいだな」
「あ、それならいくつか拾いました。他のも探すの手伝いますよ」
「本当かい。とても助かるよ。ぜひお願い出来るかな」
「もちろんです!」
木の陰、植え込みの間、葉っぱの下。周辺を手分けして探したら、すぐに集まった。
「これで全部ですか?」
「あぁ、ちゃんと揃ってる。壊れてもいないようだし、汚れを綺麗に拭き取れば問題なさそうだ」
「それならよかったです。街まではまだ結構距離がありますから、この先の道中もお気を付けて」
「手伝ってくれてありがとう。お礼のしるしに何かプレゼントさせてくれないかな」
「お礼なんて!別に大した事はしていませんし」
「ほんの感謝の気持ちだから遠慮しないで。例えばこれとかどう?」
差し出されたのは小さな白い花のモチーフが付いた髪飾り。硝子を細工しているのか、花びらの一枚一枚が透き通っていて、とても繊細に出来ている。
「これは今回一番の自信作なんだ。俺の作るアクセサリーには、恋愛成就とか運気上昇みたいな
「そんなもの、本当に頂いてもいいんですか」
「まだ気が引けるのならこういうのはどうだろう。それをプレゼントする代わりに、一つお願いを聞いてくれるかな」
「何でしょう?」
「今ここで髪に付けて見せてほしいな」
そんな簡単な事でいいのだろうか。全然お返しにもなっていない気がする。けれどあまり遠慮しすぎるのも失礼かと思い、髪飾りを受け取った。片手で髪を押さえながら、もう片方の手で付けてみようとするも
「……上手くいかないっ」
「はは、ちょっと貸してごらん。付けてあげるよ」
僕が不器用なせいか、スルッと滑ってしまいなかなか付ける事が出来なかった。この場で自分で付けるのは諦めて、貰ったばかりの髪飾りをお兄さんに渡す。
「さっき、アクセサリーにはどれも
「はい。これにはどんなお呪いが掛けられているんですか」
「それはね、特別強力。とある子どもの為だけに作ったもの。周りから愛され、何不自由なくぬくぬくと育ち、
「え……」
何かがおかしいと離れようとするも、肩に乗せられていた手にぐっと力が込められその場から動けない。
「は、離せっ」
「暴れないで。この私が手ずから付けてあげると言っているのだから光栄に思いなさい」
もう先程までの爽やかなお兄さんの面影はない。どこにそんな力があるのか、見慣れた顔に戻った魔女は、愉しそうな表情で僕を押さえ付けた。
「この髪飾りの先には毒が塗ってあるの。大男でもイチコロで倒れるような毒が。あなたもすぐに眠らせてあげる。“白雪の死”の
髪飾りが振り下ろされる。肩を掴む手を外そうと必死で体を捩る。逃げろ逃げろ逃げろ。
我武者羅に腕を振り回したおかげか、魔女の力が一瞬力が緩んだ。一先ずは助かった。そう思った直後、頭にチクリとした痛みが走り、視界が真っ黒く塗り潰された――。
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