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小人たちは今日も朝から揃って仕事に出掛けていった。仕事というのは鉱山での鉱石の採掘だ。

留守を任された僕の役割は部屋の掃除と夕飯の用意、それからもう一つ重要なミッションがある。


――コンコンコンコン。


「こんにちは、ご依頼の品お届けに来ました!」


軽やかなノックの音とともに、張りのある元気の良い声が聞こえてきた。


「はい、今行きます」


ドアを開けるとそこには大きな篭を抱えた若い女性が立っていた。件のクリーニング屋さんだ。本日の重要ミッションとはこの荷物の受け取りと、ここ数日で溜め込んだ洗濯物の新たな依頼をする事だった。


「いつもご利用ありがとうございます」

「そんなにたくさんの服、洗うの大変でしたよね」

「いえいえ、ここまでくると逆にやりがいがありますから!」

「そういうものなんですか」

「そういうものなんです」


溌剌と笑う彼女は、見ているこちらまで明るい気持ちになってくる。


「ところでところで、あなたとは初めましてですよね?」

「はい。縁あってこちらでお世話になっています」

「そうなんですか。言っちゃあなんですけど、ちっこいおじさんに囲まれて、むさ苦しくはありません?」

「皆さん優しいですし、賑やかで楽しいですよ」

「そうでしたか。これは余計なお世話でしたね。忘れてください!あ、そうだ。別にお詫びって訳じゃないんですけど」


そう言うと彼女は背負っていたバッグから、ややシンプルながら可愛らしいデザインのワンピースを取り出した。腰の位置のリボンがアクセントになっている。


「私、デザインの勉強をしていて、これも私が作ったものなんですけど良ければ貰ってください」

「何もしてないのにそんな訳にはいきませんよ」

「いいんです、試作品ですし。というか実を言うと、さっき師匠にダメ出しをくらったばっかりでして。自分じゃこういうの着ないし、どうしようかと持て余していたところだったんですよ。あ!だからって、失敗作を押し付けようとしてる訳じゃないですよ!師匠に合格こそ貰えませんでしたけど及第点とは言われてますし、ちゃんと考えて丁寧に作ってますから」


あたふたと慌てる彼女が可愛くて、つい笑ってしまう。


「ふふ、すみません。でもそういう事なら頂いてもいいですか」

「もちろん!このもこーんな可愛い女の子に着てもらえたら本望です」


受け取った服は光沢のあるさらりとした肌触りで、試作品とはいえ生地にもかなり気合いを入れていたんだろう事が窺える。


「そうだ、せっかくなら着てみてもらえませんか」

「えっと、今、ですか?」

「はい。細かいサイズ調整もしたいですし、何より誰かが実際に私の作った服を着ているところを見たいんですよ。だからぜひ、ねっ!お願いします」

「は、はぁ……」


彼女の勢いに押されるようについ頷いてしまい、家の中に招き入れ、着替えるのを待ってもらう事数分。


「あの、一応着替えてみました。こんな感じ、でしょうか」

「わあっ!すごい、よく似合ってます。想像以上です!」

「あ、ありがとうございます」

「でも腰のリボンがちょっとくしゃっとなっちゃってますね。直してもいいですか?」

「お願いします。こういう服着た事なくて、自分じゃ上手く結べなくて」

「大丈夫ですよ、お任せください!それではちょいと失礼しますね」


彼女が背後に回り、僕が結んだリボンをほどく。そのまま流れるような動きでリボンの両端を持って腰に巻き付けて。


「あのっ、ちょっと締めすぎでは」

「こういうのはきついくらいがいいんですよ」

「でも、苦しいです……っ」

「でしょうね。だって苦しくしてるもの」

「え……」

「あの騎士、殺し損ねた上に大した傷の一つも付けられないなんてとんだ役立たずね。精々今ここで苦しみながら死になさい」


何とか首を動かし後ろを見ると、さっきまでそこにいたはずの彼女は消え、代わりに立っていたのは。


「ま、魔女……」

「あら、やっと気付いたの。でも今更どうという事はないわ。あの城も、この国も、もう私のもの。こんな小娘が世界一美しいだなんて答える鏡の戯言も今日まで。最後に何か言い残す事はある?ま、聞かないけど」


楽しそうに笑いながらも、腰を締める手は決して緩めない。息を吸いたいのに、全然空気が入っていかない。呼吸の感覚が短くなっていく。苦しい、苦しい、苦しい。


「ばいばぁい、小娘」


その声を聞いたのを最後に、僕の意識は途切れた。







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