17
――森の夜の訪れは早い。
少し陽が翳ってきたと思っていたら、あっという間に辺りが暗くなってしまった。
こんなに長い時間歩き回るつもりじゃなかったから、明かりを取れそうなものは何も持ってきていない。
試しに木を擦って火をつけてみる?
……いや、あれって案外難しくて大変だって聞いた事がある。
それに、奇跡的に火を起こせたとしても、松明の作り方なんて知らないから、ただの焚き火になってしまうだろう。
焚き火で済んだらいいけれど、万が一にでも他の木に飛び火して燃え広がったりしてしまったら、それこそ小人たちの家を探すどころではなくなってしまう。時には無謀な挑戦も必要だろうけど、今はその時じゃない。きっと、いや絶対そう。
それにしても、夜の森は想像の何倍も暗くて心細くなる。やっぱりアレクさんに付いてきてもらえばよかったかなと何度も考えて、その度にストーリーの進行上はこれがベストなんだと思い直す。
見上げた空が満点の星空だってところだけは唯一と言っていい救いだけれど、静かな分いろんな音が聞こえてきて全然落ち着かない。
風に揺れる葉音とか、虫の鳴き声とか、小動物が駆ける音とか、獣の唸り声とか。
「え……」
何となく感じた気配に振り返ると、少し離れた場所、暗闇に浮かぶオレンジの大きな目が二つ。木が作る影で体まではよく見えない。
ゆらゆら、ゆらゆら、正体不明のソレは左右に揺れながら少しずつ近付いてくる。
どうしよう。こんな土地勘もない森を、しかも辺りがよく見えない状態で、武器もなしに上手く逃げ切れるだろうか。
ん、武器……?
そうだ武器ならあるじゃないか。アレクさんに貰った短剣が。つい数時間前に使う機会が訪れない事を祈ったばかりだったのに、早速その機会とやらが訪れてしまった。
剣術の心得なんてものは全くない。取りあえず形だけでも何となく構えてみる?
我武者羅にでも振り回したら少しは相手も怯むかもしれない。
それともやっぱり逃げる?こっちも自信は、ない。すぐに追い付かれそう。いやでもまともに対面するよりかはまだマシ?
ぐるぐると考え迷っていたその時、がさりと音を立てて草むらの中からソレが現れた。
「うわぁぁぁぁぁあっ!」
「おわっ!?」
「何なにっ!獲物?……子ども?」
「……え」
目の前に現れたのは大きな目を持つ獣ではなく、提灯のようなものを持った小さな二人のおじさんだった。
「どうしたんだこんな夜中にこんな場所で」
「うんうん、ここは観光に来るような場所じゃないよぉ」
「馬鹿者、観光なわけがあるか」
「そっかぁ、旅行にしては身軽でボロボロだもんねぇ」
「こんなお嬢さんに対して失礼じゃないか。お前は思ったままをすぐに口に出しすぎなんだ。少し黙っていなさい」
「え、ボク何か失礼な事言った?」
「はぁぁ……、自覚すらないとは。すまないね、お嬢さん。こいつに悪気はないんだ。だからこそ余計に質が悪いとも言えるんだが。ところで本当にどうしたんだい?ここは君のような子どもが一人で来るところじゃないよ」
突然人が現れた事も、直後に口を挟む暇がないくらいの流れるようなやり取りを繰り広げられた事も、そして見た目からして彼らがまさに探していた小人たちなんじゃないかという事も、急展開すぎてちょっと気持ちがついていかない。
「おや、怪我でもしているのかな。話せるかい?」
「あ、えと……」
「本当なら家まで送ってあげたいところだが、今夜はもう遅いから、私たちの家で一晩泊まるといい」
「それはいいねぇ!女の子がいたらむさ苦しさが和らぎそう。一晩と言わず、ずっといてもいいよぉ」
「だから、お前はまた勝手に話すな。お嬢さん、私たちはこの先の小屋に七人で暮らしているドワーフなんだ。さっきこいつが言ったようにむさ苦しい場所だが、外にいるよりずっと安全だ。ここで寝るくらいならうちにおいで」
ぼんやりとしたオレンジの灯りに照らされる目の奥の光は温かい。先程まで感じていた途方もない心細さもあって、安堵感が込み上げる。
細かく震える手で握ったままだった短剣をしっかりと鞘に収めてから、僕は二人にようやく言葉を返せたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます