16

見る限り洗脳は解けているようではあるものの、今度は声を掛けるのを躊躇うくらいに狼狽えてしまっている。

緊張でも動揺でも混乱でも何でも、自分より症状の酷い人がすぐ近くにいると、案外冷静になれるものらしい。

立ち直るのが早かったのは僕の方だった。


「アレクさん、聞こえますか。僕……じゃなくて、私は大丈夫です。ほら、手足もこの通り動きますし、元気ですよ」


決して大きな声で呼び掛けたわけではなかったのだけれど、僕の声はしっかりとアレクさんの耳に届いたらしい。


「は、あ、えっと……。ご無事、で……?良かったです、本当に良かった」

「アレクさんこそどこか変に感じるところはありませんか?」

「……体は何ともないのですが、城に陛下への謁見希望だというフードを被った女が現れて以降の記憶が、少し曖昧になっているようです」


フードの女というのはお妃様まじょに違いない。アレクさんは会ってすぐに魔法を掛けられたんだろう。


「あのね、これから話す事、落ち着いてよく聞いてください」


今、お城で何が起きているのか。これから何が起ころうとしているのか。フードの女の正体。アレクさんの記憶がない理由。

通りすがりに偶然、鏡と魔女が会話しているのを目撃した事にして、魔法の鏡の事も伝えた。


「何でも見通せる鏡と魔女ですか。それはかなり手強いですね……」

「白雪がまだ生きていると知ったら、絶対にまた命を奪いに来る。だから私は一旦お城から離れようと思うんだ」

「白雪様が城を離れるというのであれば、私もご一緒致します」

「ありがとう。でも大丈夫。一応、当てはあるからさ」


こんな森の中に知り合いが?と怪訝がるアレクさんを笑って誤魔化しつつ押し留める。

当てというのはもちろん小人たちの事だった。


「それよりも!アレクさんに掛かった魔法が解けたってわかったら次は何されるかわからないでしょう?それに、あんまり戻るのが遅いと第二の刺客が送られてきちゃうかもしれないし、アレクさんは心臓を持って一度お城に戻ってください」

「白雪様の言う事はもっともですが、心臓だなんて、意識がはっきりしている今、私はあなたを傷付けるなどとても」

「私の、とは言ってないよ。手ぶらで帰ったらすぐにバレるでしょう。だから例えば、狩人さんが仕留めた獲物の心臓を頂いて、代わりに差し出せばいい。それを渡したらアレクさんもすぐに逃げてね」


アレクさんはまだ僕に付いてきたそうにしていたけれど、最終的にはなんとか納得してくれた。

ほとんど身一つで出てきてしまった僕に、自分の剣を渡してくれようとしたのを丁重にお断りし(そもそも重すぎて構えられなかった)、せめてこちらをと差し出された短剣は護身用にありがたく受け取る事にする。これが活躍する場面がないことを祈ろう……。


ふと思い出して、先程剣の攻撃から僕の命を守ってくれたものは何だったんだろうと麻袋を開いてみれば、そこには真っ二つに割れた林檎が入っていた。

まさか林檎に命を救われるとは。白雪姫と林檎の因縁めいた繋がりを感じ是ざるを得ない。





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