15


キラリと陽の光を反射した剣の切っ先が、真っ直ぐ白雪姫ぼくに向けられている。

多少の距離があるとはいえ、今一歩でも動いたらその瞬間に斬り掛かってきそうだ。息を詰めて様子を窺う。


「……こせ」

「え?」


アレクさんが唐突に何事かを呟いた。よく聞こうとして僕が片足を前に出した途端、気だるげだった雰囲気が一変し、構えた剣を大きく振りかぶってきた。


「心臓……、よこせ……!」

「うわぁっ!」


風を切る音がして、反射的に後ろに飛び退き距離を取るも、ごちゃごちゃとした室内ではほとんど意味がない。

視線を走らせて逃げ道を探すと、入ってきたものとは別に、裏口らしき小さな扉を見付けた。

あそこからなら外に出られるかもしれない。


剣の切っ先が触れている床にはひびが入っていて、先程の一撃の強さを物語っている。

うひゃあ……、まともに当たってたらどうなってたんだろう。あまり考えたくはない。


でも大丈夫。白雪姫は何度命を狙われても全て生還しているってコヨミちゃんも言ってたじゃないか。ストーリーとしてはまだまだ序盤だし、仮にも主人公がこんなところで死ぬわけがない……よね?


僕の不安に呼応したかのようなタイミングで、ぬるりと起き上がったアレクさんが再び剣を構えた。相変わらず目は虚ろなままだ。


「心臓……、よこせ……」


やばいやばいやばいっ。とにかく今はここから逃げる事だけに集中しよう。

一歩ずつ近付いてくるアレクさんの進路を塞ぐように、棚を押し倒し引っくり返しながら、目に付いたものを手当たり次第に床にぶちまける。少しでも効果があるように祈りながら、食料を詰めた麻袋を片手に裏口から勢いよく飛び出した。


外に出てすぐ、数百メートル先に見覚えのあるものを見付けた。天に向かって高く聳える大きな木と、広く枝を伸ばす木々のトンネル。

最初にこの世界へ来た時、森の入り口だと思った場所だ。

どうやら厨房の裏口は、遊び場にしていていた庭と繋がっていたらしい。


あの先がどこに続いているのか僕は知らない。

もしかしたら城壁か何かで行き止まりになっているのかもしれない。けれど何となく、その奥に広がる森に続いている気がした。


「はぁっ、はぁっ……」


もう既に脇腹が痛い。喉からは血みたいな鉄臭い味がする。

走りながら後ろを振り返ると、抜き身のままの剣を持ったアレクさんが真っ直ぐこちらを追ってくる姿が見えた。

元々の体力の違いと、加えて歩幅の違いもあるのか、特別急いでいるようには見えないのに、確実に距離が縮まってきている。


このままじゃすぐに追い付かれる……!

止まりたくなる気持ちをなんとか堪えて、必死で足を動かす。

その甲斐あってか、少しの距離を保ったまま木が立ち並ぶ場所まで辿り着くことが出来た。


ここまでくれば、どこかに隠れられるかもしれない。そう思ったら、ほんの一瞬気が緩んだ。

そのほんの僅かな油断がいけなかったんだろう。

地表に盛り出ていた長い根っこの一つに爪先が引っ掛かり、走ってきた勢いのまま派手にすっ転んでしまった。


「……っ痛てて」


擦りむいたであろう肘も、打ち付けた体も痛くて、すぐに起き上がる事が出来ない。

その間にも近付いてくる足音が、耳を澄まさなくとも聞こえる。

逃げなきゃ、早く逃げなくちゃ。

思うだけで動かせない足に焦る僕のすぐ真横でぴたりと足音が止まった次の瞬間、剣が大きく振り下ろされた。


「……心臓、……よこせぇぇぇぇっ!」

「やめて!アレクさん!」


なんとか体を捻って、掴んだままだった麻袋を咄嗟に胸の前に構える。

ずんっと重たい衝撃があった。


「はあっ、はあっ、はあっ……」


荒い呼吸は僕だけのものじゃない。

そっと窺うように目を開けてみると、麻袋に深々と突き刺さる剣と、呆然とした表情のアレクさんがいた。


「アレク、さん……?」


僕の呼び掛けにはっとした表情を見せ、直後にすごい勢いで頭を下げられた。


「すみません姫様!どうしてこんな、本当に、私はなんという事を……」


注意深く様子を窺ってみると、混乱してはいるものの、目から虚ろな色は消え、僕の知っているアレクさんに戻ったように思えた。





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