14

走ってきた勢いのままに自室のドアを思い切り開けて、飛び込んだのはベッドの上。天蓋を下ろして頭から布団を被る。相手はその気になれば何でも見透してしまえそうだけど、今は少しでも隠れたかった。

体を小さく丸めて膝を抱えているうち、だんだんと瞼を開けているのが難しくなってきて……。


次に目が覚めると、太陽が空の天辺にあった。

特殊な訓練も何もした事のない僕が、何時間も気持ちを張り詰め続けられるわけもなく、いつの間にか眠っていたらしい。もう昼だった。

そう、昼だ。


いつもなら、例え寝過ごしても使用人の誰かが起こしに来てくれる。それが誰も来ないなんておかしい。


「やっぱり、昨日聞いたあれは夢じゃなかったんだ……」


頼れる人が誰もいなくなってしまった。

改めてその事を実感し、気合いを入れ直したのと同時、僕のお腹からぐぅぅと気の抜ける音が鳴った。


「もうっ、空気読んでよ」


自分のお腹に一人つっこみを入れる。……虚しい。何はさて置き、腹が空いては何とやら!と、着替えもそこそこに食堂へ進みかけた足をふと止めた。

昨夜のお妃様の話と今朝の様子からして、食堂に行ったところで僕の分の食事まで用意してくれるとは考えにくい。

それなら直接厨房へ行った方が、食べ物にありつける可能性が高い。

そう考え、目的地を厨房に変更し部屋を出た。


歩きだしてすぐに気付いた事がある。

昨日よりも視界が高くなっているのだ。

目の前に翳した指も腕も、記憶よりすらりと長いような気がする。


そういえば、物語の世界は時間の進み方が違うんだったっけ。

ふと思い立ち、通りすがりに見た窓ガラスにうっすら写る姿に驚いて足を止めた。

そこにいたのはまだ幼さを残しつつも、それはそれは美しく成長した少女だった。


やばい。まだ僅かにあった寝起きのぼやっと感が一気に吹き飛んで、頭が冴え渡る。

昨日の時点ではもう少し猶予があると思っていたけれど、物語フィクションの世界とはいえそう世の中甘くはないらしい。

餓鬼呼ばわりされていたちびっこならともかく、ある程度成長した白雪姫は間違いなくお妃様が命を狙ってくるだろう。

これは、今すぐにでもお城から逃げなきゃまずい。


「ゆっくり考え事している場合じゃない……!」


気持ちが焦ってつい走り出してしまったが、普段王族が過ごし暮らすスペースと使用人区画は、コインの裏表のようにはっきりと区別されている為、実は厨房の場所を僕は知らなかった。

でもきっと、食堂と同じ一階にあるだろう、たぶんだけど。


途中足が縺れて転びそうになりながら、目に付いた扉を片っ端から開けて回り漸く辿り着いた厨房は、がらんとしていて誰の姿もなかった。

けど今はその方がちょうど良いかもしれない。

言うなれば自分の家で食べ物を探すようなものとはいえ、どことなく泥棒の真似事をしている気分になってしまってちょっぴり後ろめたかったのだ。


世界観が違うのだから当たり前ながら、見慣れたガスコンロやIHコンロ、電子レンジや冷蔵庫はない。あるのは火の点け方すらよくわからないコンロや窯、持ち上げるだけでも大変そうな大きな鍋ばかり。


もしも僕に料理スキルが備わっていたとしても、ここの厨房の道具を使って料理するのは難しかっただろう。……そもそも出来ないんだけど。


そういうわけですぐに食べられそうな野菜や果物を探す事にした。

戸棚で見付けた麻袋をこれ幸いと使わせてもらって、適度に自分の口にも運びながら、持ち運べそうな食材を次々入れていく。

干し肉があったのはラッキーだった。味見と朝食(昼食?)を兼ねて一切れ食べてみたら、塩味が効いていて美味しかった。


麻袋が満杯になった頃、大きな音を立てて唐突に厨房の扉が開いた。

咄嗟に物陰に隠れ様子を窺うと、そこにいたのははよく見知った人物だった。


「アレクさん!」


つい嬉しくなって反射的に名前を呼べば、声に反応してのろりと顔を向けられる。


「アレク、さん……?」


いつもだったら優しく笑って挨拶を返してくれるのに、今こちらに向ける目はどこか虚ろで、何も写していないようだった。

何かがおかしい。


「洗脳の、魔法……っ」


僕がお妃様の話を思い出すのと、アレクさんが腰に提げている鞘から剣を抜くのはほぼ同時だった。



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