13


暗い廊下に扉から漏れ出た細い明かりが線を作っている。

そこはお城の一番奥、国内外の来賓用の客室の中でもひときわ豪華に設えられた部屋だった。


息を潜めて壁越しに中の様子を窺うと、新しく来たお妃様の声がする。そしてもう一人。聞き覚えのない男の人の声がした。

決して大きな声で話しているわけではないのに不思議と響く声で、僕のいる位置とはそれなりに距離があるはずなのに、まるでその人がすぐ近くで話しているように感じてしまう。


二人は何事か話をしているようだった。

お妃様の相手をしているのは一体誰だろう……。今日紹介されたのはあのお妃様だけのはず。それとも一緒に来た執事さんでもいるんだろうか。だけどこんな時間に?


「私が失敗するなんて事はまずありえないけれど、今回は手応えがなさすぎて拍子抜けするくらいだわ」

「流れるかの如く鮮やかでした。特に国王への魔法などは、ほんの一瞬に感じましたよ」


国王と魔法というフレーズが聞こえて、知らず身構える。僕は更に注意深く耳を澄ませた。


「あれが一番呆気なかったのよ。大切な人を亡くしたんだかなんだか知らないけど、もうちょっと抵抗してくれないとつまらないわ」

「あなた様の魔法は強力ですから。洗脳の魔法も、そう簡単に解ける事はないでしょう。これでもうこのお城は全てあなた様のものです」

「ちょっと辺鄙で何もないところが気に入らないけど、欲しいものがあれば街まで誰かに買いに走らせれば問題ないわね」

「ところでお妃様。僭越ながら、一つ質問をよろしいでしょうか」

「何かしら」

「城の者たち全員に洗脳の魔法を掛けていらっしゃいましたが、プリンセスはそのままでよろしいのですか?」

「あぁ、あんな餓鬼、私が何かするまでもないわ。誰からも相手にされなくなれば、勝手にどうにでもなるでしょう」


聞いているうちに、鼓動が速く大きくなっていく。変な汗まで出てきた。ここまで聞いたらさすがにわかる。今このお城で何が起こっているのか。まさかみんなに魔法を掛けていたなんて。


急に態度が変わった王様。

まるで僕の事が見えていないかのように素通りする使用人の人たち。

いつも側にいたアレクさんでさえも、ここのところずっと姿を見ていない。他の場所の手伝いに回っているんだと思っていたけれど、どんなに忙しい時でも、一日のうちのどこかで必ず会いに来てくれていたから、全く顔を見ないのは変だなと感じていたけれど……。


考えてみれば思い当たる事がいくつもあった。

さっきの話が本当だとすると、もうこのお城での味方は誰もいない事になる。

急に怖さが込み上げてきた。


「ねぇ、寝る前にもう一度聞かせてちょうだい」

「なんなりと」

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」

「それはもちろん、あなた様でございます」


お妃様の笑う声が夜の闇を震わせる。

一緒に話している男の人は執事なんかじゃなかった。あの声の主こそが魔法の鏡だったんだ。

扉の前からそっと後退し、ある程度まで離れると、そこからは胸に浮かんだいろんな感情を振り切るように全速力で駆け出した。


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