12


「白雪、この人は新しい妃だ。母親だと思って仲良くしなさい」

「…………」


あくる日、王様に呼び出された部屋でいきなり告げられた言葉に、僕は何の反応も返せないでいた。

だってあまりにも急すぎる。

つい先日お妃様が亡くなったばかりじゃないかとか、どうして事前に一言も相談してくれなかったんだとか、そもそもその人は一体何者なんだとか、言いたい事はたくさんあるはずなのに、何一つ言葉となって出てこない。


関わる時間はそれほど多くなかったとはいえ、いつも白雪姫ぼくやお母様を優しく見守ってくれていると感じられた。

そんな王様がいきなりそんな事を言うなんて。実際に目の前で言われてもとても信じられない。


「どうした。ちゃんと挨拶しなさい」

「……あ、こんにちは」

「初めまして。どうぞよろしく」


喉奥から掠れた声を絞り出す。紹介されたその人は、間違いなく美人だったけれど、どこか人を寄せ付けないような雰囲気もあって少し怖い。

握手の為にと差し出された手にそっと触れた瞬間、勢いよく引っ込めそうになった。

その場はなんとか堪えたけれど、触れた手はひやりと冷たく、そんなはずはないのに自分の体温を奪われるような錯覚を覚える。


「どうかしたのかしら?」

「……いえ、あの、綺麗な手だなって」

「そう、当然よ。美しさは全て。何よりも尊い。そして私は誰よりも美しいのだから」


妖しく微笑む姿は確かに美しかったけれど、僕は感じた悪寒が体中を這い回る気がした。




夜。何かに引き上げられるようにフッと目が覚めた。朝にはまだまだ遠い。

目が覚めて思い出すのは昼間の事だ。

冷静に考えられる今ならわかる。

新しく来たあの女の人が、いずれ白雪姫の命を狙うようになるお妃様だ。


あの時、表面上は友好的だったのは、魔法の鏡がまだ白雪姫よりもお妃様の方が美しいと答えているからかもしれない。

じゃあ白雪姫がもう少し成長したら……?

そうなったら間違いなく何か仕掛けてくる。


物語の筋書きで決まっているとはいえ、命を狙われるとわかっていて悠長に構えていられるほど僕は図太くはない。

それならどうするか。まずはあとどのくらいの猶予があるかを知りたい。

でもそんな事、わかる人なんているわけ……。


「……一人だけいる。魔法の鏡ならきっとわかるはずだ」


どこからその行動力が湧いたのか自分でもよくわからない。

火事場の馬鹿力というか、追い詰められると人間思い切った行動が出来るようになるらしい。


夜の帳に包まれ静まり返ったお城の廊下に、ひたひたと小さな足音が響く。

無論、僕の足音だ。靴よりも音が抑えられるかと思い裸足で出てきた、のだが。素足で触れる床が思いの外冷たくて、少しだけ後悔している……。

磨き上げられた廊下は暗闇さえも反射して、通る者を闇に引き込みそうで、時々ぼくの行く足を鈍らせた。


でも。思い立ったが吉日。

明日になったらこの決心が鈍りそうだし、お妃様はおろか、鏡の置いてある部屋にすら近付けなくなる可能性もある。

だからと言って、今だって部屋の場所がわかっている訳じゃないけど……。


「―――、………」


ふいに、誰かに呼ばれた気がした。

しかし振り返っても誰もいない。


「まさか、幽……」


口から出かかった言葉を途中で飲み込む。

それまで忘れていたのに、お茶会の時にお妃様おかあさまから聞いたかつての幽霊騒動の噂が脳裡に蘇る。

こんな時間に、いかにもな場所に、よりにもよって一人でいる時になんて間違っても遭遇したくはない。

長く息を吐いて僅かながら気持ちを落ち着け、改めて耳を澄ませてみる。


「――です、……様」


今度は少しだけはっきりと聞こえた。

やっぱり誰かが話している。

より一層足音を忍ばせて、声のする部屋に近付いていった。




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