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その後もお妃様とお話をしつつ、お茶とお菓子を楽しんだ。僕はほとんど聞き役だった。

知的で大人しそうな見た目とは裏腹にちょっとお茶目なところがあったり、多趣味で博識で話す事が好きな人らしく、外国の童話や昔お城であった幽霊騒動の噂、庭の草花についても教えてもらったりした。


花や樹木が好きで「本当は庭の手入れも自分でしたいのだけど、周りが止めるのよね。あまり体が丈夫でないからかしら」なんて事も言っていたけれど、もしも健康体で申し分のない体力や筋力があったとしても、そこは全力で止めるだろう。とてもじゃないが王族に庭師の仕事なんてさせられないだろうから。


恙無く進んだお茶会も終盤。和やかだった時間が急変したのは突然の事だった。


「……え?」


椅子から立ち上がったと同時、お妃様の体が支えをなくしたようにふらりと傾き音もなく倒れる。その光景はやたらとゆっくり目に映った。


「すぐにお医者様を!」

「部屋へお運びします」

「白雪様はこちらへ」


使用人の人たちがてきぱきと動くなか、事態についていけず呆然と立ち尽くす僕の肩を誰かがそっと掴んで遠ざける。

確かに物語が早く進んだらいいとは思った。だけど、こんな急展開は想像していないし望んでいたわけでもない。


それからの事は断片的にしか覚えていない。

王様と一緒にベッドに凭れるお妃様のお見舞いにも行ったし、そこで少しお話もした。

静かなのに妙にそわそわと落ち着かないお城の雰囲気。

日に日に痩せ細っていく体。僕の手を握り返す力も頼りなくなっていって―――。




「……もっといろいろお話してみたかったなぁ」


誰にともなく呟いた声は空に消えていく。

あぁ、やっぱりあの人は、最初に感じた印象通り、優しいお母さんだった。

警戒なんてせずに、もっと正面からちゃんと向き合えばよかった。

あれから王様は以前にも増して仕事に打ち込んでいて、必ず一緒に食べていた食事の時間でさえも、顔を合わせるのは何回かに一度になり、使用人の人たちもばたばたと忙しそうにしている。


白雪姫ぼく付きの護衛であるアレクさんも手が足りない場所の手伝いに回っているのか、日に何度も側を離れる事があった。

そうなると僕一人で勉強なり遊ぶなりして時間を潰す事になるのだけど、今は授業もお休みで、ならば本でも読もうかとお城の図書館に赴けば、保管されている本はどれも難しい学術書ばかりが目について、あまり娯楽向きではなかった。


ここにはゲームもなければ年の近い友達もいない。加えて城内にいると、どこか気遣わしげな眼差しを感じる気がして何となく居心地が悪くなり、自然と最初にこの世界に来た時にいた森のような庭で過ごす事が多くなった。


そのおかげなのか白雪姫の特殊能力なのかはわからないけれど、そこを棲み処とする小動物や鳥たちとこの数日間でとても仲良くなれた。

餌も持っていないのに、鳥は頭や肩に乗ってくるし、呼べば近付いてくる動物ってもうこれ野生じゃない気がする……。


そんな風に過ごしていたから、僕は気付く事が出来なかった。

いつの間にかがお城へ来ていた事も、城内の人たちに変化が起きていた事も、着実に企てが進行していた事も―――。



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