10


「ふぅー……」


寝心地最高な天蓋付きベッドに寝転び体を深く沈める。久しぶりに一人になれた気がする。

なんと言うか、今日一日だけでどっと疲れた。

お城に住む人たちはみんな優雅できらきらしているものだと思っていたし、実際もそうだったけれどそれだけじゃなかった。


常に人の見本であれるように、いつも周りに誰かの目があると意識して行動する事。迷っている人を導けるよう、困っている人には手を差しのべられるよう、視野を広く持つ事。物事は言われたままではなく、自分なりにも考えてみる、ただし考え方が偏らないように様々な分野の知識を学び、時には真摯に耳を傾ける事、その他諸々。とにかく気を付けるべき事が多い。


護衛のアレクさんはまた別として、ほとんど常に身の回りに人がいるし、些細な事までも世話を焼いたり手伝ってくれようとするから気が休まらないしゆっくりも出来ない。

生まれた時からこの環境で育ったなら違ったかもしれないけれど、ごくごく一般的な家庭で育った身としては、落ち着ける場所も時間も少なすぎて気疲れしてしまう。

これなら村人Aとかの方がずっと気楽だったかも……。あぁでもそれだと白雪姫にも主要なお話の流れにも関われないか。


えーっとちなみにこの後の展開としては、


・白雪姫が美しく成長

・嫉妬したお妃様が狩人に心臓を取ってくるように命令

・逃げた先の森の中で小人たちと出会う

・まだ白雪姫が生きていると知ったお妃様が、今度は自ら毒林檎を持参して出向く

・毒林檎を齧ってしまい白雪姫倒れる

・悲しんだ小人たちにより硝子の柩へ

・偶然通りかかった王子様のキスで目覚める白雪姫

・お妃様は倒され、二人は結ばれハッピーエンド


……うん、まだまだ先は長いな。

それにこのまま順調に行くと、あまり考えたくはないけれど、物語の進行上必要な事だとわかってもいるけれど、王子様と結婚式挙げるのかな、僕。

早送りするみたいに一足飛びに結末まで辿り着けたら簡単だけど、それは出来ないし、もし出来たとしてもそんなもったいない事はしたくない。だからこのまま物語の流れに身を任せるしかないのだ。なるようになれ。なるようにしかならない。

そうと決まればやるべき事は一つ。


「寝よう」


明日とその先へ備えて今は休息が第一。

華やかに見えて、いろいろと気を張る事の多いお城ばしょだけど、広い部屋や豪華な料理の他にもよかった事がある。このふかふかのベッドだ。

この素晴らしい寝心地だけは、もうしばらく体験していたい……。




翌日。

この日はなんとお妃様からお誘いがあって、二人で、と言っても周りには護衛や給仕の人が何人かいるのだけど、お茶会をする事になった。

場所は色とりどりの花が咲き誇る中庭の一角。


昨日会った様子からすると、特にこちらを害する雰囲気は感じられなかったから、このお茶会でどうこうなる事はないだろう。

でも一応は敵というか、後々相対する事になる人のはずだから、仲良くなっていて良いものかと少し迷う。

個人的な意見だけで言えば、親子や家族は一番身近な他人だと思うから、仲良くあれば良いなと思うけど……。


花と木のアーチを潜り抜けた向こうに、やや開けた秘密の花園チックなスペースがあり、その真ん中に白い猫足丸テーブルがちょこんと置かれ、テーブルの隣にはティーセットと一口サイズのスイーツがたくさん載せられたカートがあった。


僕たちが席に着くと、すかさずお茶が準備され、流れるような手付きでいくつかのスイーツを載せたお皿が置かれる。

あまりの手際の良さに、ぽけーっと見つめてしまった感は否めない。


昨日は緊張してろくに顔も見られなかったけれど、明るい場所で改めて見てみると、お妃様と白雪姫はよく似ている。

艶やかな黒髪とか、透き通るような色の白さとか、目の形とか、全体的に受ける印象とか。

きっと白雪姫が成長したらこんな女性になるんだろうなと思える。


「さぁ頂きましょう。お父様はお仕事で来られなくて残念がっていたわ。あの人、甘い物はもちろんだけれど、白雪の事はもっと大好きだから」

「え」


意外だ。確かに優しそうな人には感じたけれど、あまりこういう場に参加しそうにないし、娘溺愛はわかるとして、甘い物好きという感じでもない。


「ふふっ、いつかあなたが結婚するなんて言った時には一体どんな顔をするのかしらね」

「ははは……、本当に」


なんだかもういろいろと想像が付かなすぎて、楽しそうに微笑むお妃様に対して、曖昧な頷きしか返せないのだった。






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