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すぐ近くで聞こえた声に振り返り固まった。

彼の体が影を作り、真っ直ぐに腕が伸びてくる。


「え……?」


逃げなきゃ。咄嗟にそう感じて捻った体は、逞しい腕に易々と抱えられた。


「は、放せっ!下ろせ!」

「わっぷ、暴れないでください。私ですよ、アレクです。かくれんぼがしたいと言ったのは姫様でしょう。ちゃんと見付けたのですから約束通りお城へ帰りますよ。お勉強の時間です」


かくれんぼ、姫、城。

暴れながらも耳が拾った単語の中から、取りあえず今一番気になったものを問い返す。


「かくれんぼって……」

「はい。今は私が鬼で、姫様が隠れる番でしたね。上手に隠れたようですが、スカートの裾が木の幹から覗いておられましたよ」


微笑みながら言われて、漸く自分の服装に気付いた。初っぱなから転び、やや動転していたのかもしれない。目線の高さから小人だと思い付いた時点で、服の事などほとんど気にしていなかった。


改めてよく見てみると、シンプルで動きやすいデザインのワンピースで、肌触りもよく、生地の事なんて全く詳しくない僕にも上質なものだとわかる。

僕が大人しくなったので、男性──アレクさんはそっと地面に下ろしてくれた。


「落ち着きましたか?」

「えっと、はい。さっきはすみません」

「謙虚な気持ちは大変素晴らしい事ではありますが、一国の姫君がただの騎士にそう簡単に頭を下げるものではありませんよ」

「騎士?アレクさんって騎士なの?」

「もちろん。姫様がお生まれになった時からずっと、あなたの護衛騎士ではありませんか。それとも甲冑を着ていないと騎士には見えませんか?」

「そんな事ない!そのままでもかっこいいです!」

「お褒めに預かり光栄です。そんな真っ直ぐに見つめられると流石に照れてしまいますよ」


そう言って柔らかく微笑むアレクさんは本当にかっこいい人だ。外国映画の俳優さんみたいに顔立ちが整っている。

アレクさんが騎士だと聞いて、先程何か引っ掛かったと感じた自分の言葉にも納得がいった。

そうだよね、こんな場所に小さい女の子を一人にしておくわけないよね……。


「さて、本当にそろそろ戻りましょう。でないと教育係に私が叱られてしまいます」

「あっ、その前にちょっといいかな」

「はい」

「ここはどこで、僕……私はだぁれ?」

「姫様?」

「あの、その、もっとアレクさんとお話ししたいなーと思って」


へへへ、と笑って誤魔化してみるも、途端に険しい顔付きになったアレクさんにたじろぐ。


「……無礼を承知で申し上げますが、もしかして先程どこかに頭をぶつけられのですか?」

「違う違う!これは記憶喪失ごっこ、なんちゃって……」


我ながら随分と突拍子もない事を言っている自覚はある。けれど、今の自分がどこの誰かは早めに把握しておきたい。

真剣な眼差しに耐えきれず視線を逸らしたあたりで、ふぅーと息を吐く音が聞こえた。


「お怪我がないようでしたら何よりです。随分と変わった遊びですが、たまには面白いかもしれませんね。では、城に戻るまでの間だけですよ」

「うん!ありがとう」


アレクさんが優しい人で良かった。

心の内では変だと思われているかもしれないけれど、取りあえず知りたい情報は聞けそうだ。





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