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「……く、……らく、ひらくっ!」

「わっ」


耳許で声がして反射的に顔を上げると、その勢いのまま凭れていた壁に頭をぶつけた。地味に痛い。


「ちょっと、大丈夫?驚かすつもりはなかったんだけど」


ふわりと目の前に舞い降りたのは、お伽噺に出てくる妖精のイメージそのもの、不思議な本の管理者ことコヨミちゃんだった。

どんな仕組みか魔法かはわからないが、あの本の中にはコヨミちゃんの部屋のようなものもあるらしく、普段本の中と外を自由に出入りしている。

片付けを始めた時にはいなかったはずだから、僕が本に集中している間に出てきたらしい。


「ところで、今日は何でまたこんなに散らかしているの?」

「散らかしているわけじゃなくて、一応片付けの最中なんだけど……」

「片付けねぇ。その割には見事に脱線してるじゃない」

「えっと、懐かしい本を見付けちゃって、ちょっと見るだけのつもりが、つい」

「ミイラ取りがミイラになっちゃった訳ね。そんなに夢中になって何を読んでたの?」

「これだよ」


問い掛けるコヨミちゃんに、持ち上げた本の表紙を見せる。


「グリム童話ね」

「うん。前にイソップ物語と一緒に買ってもらったもので、文字を覚えたての頃によく読んでたんだ。それに少しでも多くのお話の内容を知っていれば、物語集めの役に立つかなって思って」

「いい心掛けね。読んだ事があるならちょうどいいわ。それなら次はグリム童話に収録されているお話にしましょう」


言うや否や、コヨミちゃんはまたもどこからか杖を取り出し、机の上の本に向けて振った。

途端に本が宙に浮き、こちらにゆっくりと飛んできて、僕たちの目の前でぴたりと止まる。


「さて、今回はどの世界に行ってもらおうかしら」


言いながら早速、空中で静止したままの本を開いた。目次のページを見ているのだろう。指と目が楽しげに文字をなぞる。


「あのさ、ちょっと気になってた事があるんだけど」

「なぁに?開」


本から目を離さないまま、コヨミちゃんが答える。


「この前僕は桃太郎の世界に行ったでしょ?その時コヨミちゃん、初心者向けに、誰もが知ってるお話にしておくからって言ってたよね」

「そうね」

「その時に思ったんだけど、もしかして入りたいお話って選べたりする?」

「もちろん!そのくらいお茶の子さいさい朝飯前よ!」


顔を上げたコヨミちゃんが得意気に胸を張る。

それを見て、僕はもう一つ気になっていた事を、期待を込めて聞いてみた。


「じゃあ、登場人物も選んだり出来るの?」


物語を選べるんだとしたら。さらにその中の誰かになれるんだったら。魔法を使ってみたり、かっこいい騎士になってお姫様を守ったりしてみたい。こどもの僕じゃ出来ない事がたくさんあるから、例えフィクションの世界だとしても大人になって街を歩いたり、仕事や日常を覗き見てみるのもいい。

コヨミちゃんは一瞬きょとんとした表情になった後、すぐににっこり笑ってみせた。


「当たり前じゃない。犬でも騎士でも魔法使いでも、なんなら魔王でも選り取りみどりよ。何か希望でもあるの?」

「ほんと!それなら僕、お城とか魔法とか騎士が出てくるお話で……」

「ただし」


僕の言葉を遮り、小さい人差し指をびしりと突き出す。


「運が良ければね」

「へ?」


今度は僕がきょとんとした顔になる。

コヨミちゃんはそんな僕に言い聞かせるようにか、すぅーっと長く小さく息を吸い込むと、「あのね、よく聞いてね」と前置きしてから流暢に話し出した。











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