19
強く願った途端、瞼の裏でフラッシュのような光が一瞬煌めいた。その光は瞬く間に広がって、周りの音までも呑み込むように辺り一面を覆い尽くしていく。
驚く間もなく今度はすぐに体が強く引っ張られる感覚がした。この感じには覚えがある。
手足が地面から離れ、強い力でどこかに引き寄せられていって───
気付けば僕は見慣れた学校の図書室にいた。
棚に綺麗に並べられたいくつもの本。
少し古くなった紙のにおい。
頬を撫でた心地好い風に顔を横に向けると、開いたままになっていた窓から入る風が優しくカーテンを揺らしていた。
「……らく、
「…………」
「ちょっと、聞こえてる?まさか自分の名前忘れたわけじゃないわよね。もう……、ポチっ!」
「はいっ!」
ポチと呼ばれて思わず返事をしてしまった。ついでに、驚いた拍子に後ろに転んで強かにぶつけたおしりが地味に痛い。
「えっと、コヨミちゃん?」
「おかえり。それと、おつかれ様。初めてにしては上出来じゃない」
目の前には透明な羽を持った小さな女の子。
ぼんやりしていた意識が、次第にはっきりしてくる。
そうだ、僕はさっきまで本の世界に……。
そこまで考えたところで、大変な事に気が付いた。
「今ってあれから何日経った!?」
『桃太郎』の世界に入って数日は過ごしている。何もかもが初めての事だらけで、犬の体での動作や生活の違いその他諸々に慣れる事と自分の身を守る事、物語を進めるのに必死で、
連絡もなしにいきなり子どもが消えたとなれば、学校どころか全国的なニュースになっていてもおかしくはない。
誘拐、失踪、神隠し。いつかテレビで見たインパクトのある見出しが頭の中をぐるぐる飛び交い慌てる僕とは対照的に、コヨミちゃんはゆったりとした動作で図書室に掛かった時計を指差す。
「え…?」
時計の針は、あの時僕が帰ろうとしてこの不思議な本と出逢った時刻からほとんど動いていなかった。
「安心して。何日どころか何分も経っていないわ」
「どういう事?」
「物語の世界と現実の世界では時間の進み方が違うの。だから今は、開が私を見付けてくれたあの日の夕方よ」
そんな事あり得るはずがない、と言いかけてやめた。
そもそも、この本とコヨミちゃんの存在の方が不思議なものだったし、常識では考えられない体験を、僕自身がしてきたばかりだったから。
「忘れたの?私、魔法を使えるのよ。まだ練習中だけどね」
にっこり笑ったコヨミちゃんが僕に向けて手を差し出してくる。その小さな右手を、潰さないようにと慎重に握って(摘まんで、と言った方が正しいかもしれない)、僕たちは握手を交わした。
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