13

僕たちは細心の注意を払って、怪物の口みたいな穴から中へ入った。風の音がごうごうと反響して、恐怖心を煽る。

今にも物陰から何かが飛び出してきそうだ。

あの窪みの形だって、どことなく鬼の顔に見えなくもないし…。


──ピチャン。


「ひゃっ」


首筋に冷たいものが当たり、咄嗟に飛び退る。


「大丈夫、ただの滴だよ」


桃太郎が上を指差した。見れば、天井のいたる所から水滴が落ちている。…こんな時にびっくりさせないでよ。

途中そんなやり取りがありながらも、洞窟の奥、一際明るい光に包まれた広間の手前まで辿り着いた。


中をそっと覗いてみると、山盛りの食べ物を囲んで、鬼たちが食べて呑んで豪快に笑っていた。数はざっと見ただけでも十はいる。その奥にはいろんな村から奪ったんだろう金品や宝石が積み重なっていた。


どの鬼も体が大きく、腕なんか子供の胴くらいありそうだ。あんなのが振り回されたら…。うん、あまり深く考えるのはやめよう。

肌の色は暗めの赤や青、笑った時に覗く歯は奥まで鋭い。

鬼と言えばの金棒は見当たらないけど、そんなものに頼る必要がないくらい、素手で充分に強いんだろう。


「……どうする?」


ここに入る前は“絶対に大丈夫”なんて太鼓判を押したけれど、鬼の実物を見たらつい尻込みしてしまう。

僕の問い掛けに、桃太郎は黙って鬼たちを見据えながら何かを考えていた。


「…ここはやっぱり、真正面から斬りに行く」

「えっ!?」

「…と言うのはボクらだけじゃ難しいから、仲違いさせて少しでも戦力を削ってもらう作戦でいこう」


およそ物語の主人公ヒーローらしからぬ作戦が聞こえたけれど、内容自体は僕も賛成だ。うん、ぜひそれでいこう。


「…でもそれ具体的にはどうするの?」

喧嘩ケンカの火種を作る」

「どうやって?」

「ちょっと見てて」


そう言うと桃太郎は岩陰に隠れながら鬼たちに近付いていった。


「今日も上手くいったなぁ」

「あそこの村は良い酒を作ると有名らしい」

「そう言われると今までの物よりも美味しく感じる気がするような。ま、飲めりゃあ大体何でもいいけどな」


鬼たちが酒を酌み交わしながら、がははと笑って話している。


「今日の奴らは珍しく反抗してきたから、久しぶりに楽しめるかと思ったのに、ちょーっと脅してやったらすぐ逃げ出していったぜ」

「“そう言うお前も内心びびってたんじゃないか?”」

「あ"ぁ?」


鬼たちの間に、途端に緊張感が走る。


「今何つった?」

「は?俺は何も言ってねぇよ」

「オレの事馬鹿にしただろう」

「酒が回って空耳でも聞こえたんじゃないのか」

「あんなちょびっとで酔うわけねぇ」

「難癖付けるのか」

「そっちこそ」


つい先程まで和やかな雰囲気だったのに、お互い今にも掴み掛かりそうだ、と思った瞬間。


──ボゴッ。


「ってぇ。何すんだ!」

「お前が先に吹っ掛けて来たんだろうが」


見る間に取っ組み合いの喧嘩に発展してしまった。僕はと言うと、事態に付いていけず呆然と成り行きを見ていた。


「よかった。上手くいったよ」

「桃太郎」


いつの間にか隣に戻ってきていた桃太郎からはもう緊張の欠片も感じられない。心なしか活き活きとしているようにさえ見える。


「あれ、もしかして桃太郎がやったの?」

「そうだよ。鬼の声を真似してみたんだ。お酒も飲んでるし、酔ってるならもしかしていけるかもと思って」

「すごい!」


本当にすごい。じゃあさっきの“びびってたんじゃないか?”と言うのは桃太郎が言ったのか。何だその特技。全然気が付かなかった。

その間にも先程の鬼たちの喧嘩は続いていて、ついには周りまで巻き込み始めた。


「…何だかだんだん大事おおごとになってきてない?」

「大丈夫、予定通りだよ」


辺りに土煙が舞う中、僕と桃太郎は岩陰にじっと息を潜めてタイミングを見計らっていた。


「おらぁっ!」


──ドスン。

一匹の鬼が投げ飛ばされてすぐそばに転がってきた。…近い。


「痛たた…、あいつは手加減ってもんを知らねぇんだよな」


お腹の底に響く声。

つい出そうになる悲鳴を必死に飲み込む。


「ん?何だこれ」


そう言って摘まむように持ち上げたのは。

桃太郎のハチマキ……!

さっき鬼が吹っ飛んできた時の風で外れたのか!


「こんな物あったか?」


早く手離してくれればいいのに、鬼は尚もハチマキを見詰めている。

お願い、僕たちに気付きませんように。ここにいる事がばれませんように。

バクバク鳴る心臓が今にも鬼に聞こえてしまいそうだ。静まれ心臓、治まれ鼓動。


そんな僕の願いも空しく、鬼は一歩ずつこちらへ近付いてくる。

──そして。


「あ?何だお前ら」


見付かってしまった。






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