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「あなたは…」

「あっ、気が付いた。大丈夫?」

「この包帯…。もしかして、手当てしてくれたのですか?」

「さすがにこの手じゃ無理かな。やったのはこっち、桃太郎だよ」

「人間っ!?…うっ」


桃太郎を見た途端、雉が警戒する体勢を取ろうとする。けれど、傷が痛んだのかまた倒れてしまった。


「雉くん聞いて。桃太郎は君を傷付けたりしないよ」

「人間はみんな、私たちを見ると矢を構えて捕まえようとします。そんな事、簡単には信じられません!」

「でも助けようと思わなかったら最初から傷の手当てだってしてない!」

「それはっ!…確かにそうかもしれませんね」


桃太郎との距離は保ったままだが、どうやら話を聞いてくれる気にはなったようだ。


「雉くん、ボクとポチは今、鬼退治に向かっている途中なんだ。だけど肝心の鬼たちがいる場所を知らなくて。何か噂とか聞いた事ないかな?」

「鬼退治に?そうですね…。噂なら聞いた事があります」

「どんな?」

「荒波に囲まれた海の真ん中に、鬼ヶ島と呼ばれる鬼たちが住まう島があると」


鬼ヶ島。物語の通りだ。

旅に出てからも、ずっとどこかぼんやりと曖昧なままだった鬼と戦うという事が急に現実味を帯びた気がして、緊張なのか恐怖からなのか、それともその両方か、僕は小さく身震いした。


「その鬼ヶ島にはどこから渡れる?」

「本気ですか?」

「本気だよ」


しばらくの間、沈黙があった。

雉くんは、桃太郎の気持ちを確かめるかのように、強い眼差しで瞳の奥まで見つめていた。

やがて、「フゥ…」と小さく息を吐き出したかと思うと、ゆっくりと口を開いた。


「先程は噂で聞いたと言いましたが、実はその場所を知っているんです」

「ほんと!」

「ですが、そこへ行く事はお勧め出来ません。一匹二匹どころではなく、たくさんの鬼たちがいるんですよ。あなたたちだけでは到底敵うはずがありません。それに先程も言ったように、島の回りは常に波が荒れていて、近付く事すら難しいのです」

「それでも、ボクたちは行く」

「…わかりました。傷の手当てのお礼です。途中までご案内しましょう」

「ありがとう」


こうして一時的ながら旅の仲間が増える事になった。桃太郎、犬、雉。猿がいない事を除けば、大まかな流れに沿って進んでいる。

あそこまで言われた後だ。本音を言うと、一緒に鬼退治に行ってほしい気持ちは山々だけれど、怪我をしているのに着いてきてとはさすがに言いにくい。


移動中、雉くんは僕の背中に乗っていた。

なんだかちょっぴりブレーメンの音楽隊に出てくる猫になった気分だ。

あぁ、鬼たちもこの影を見たら驚いて逃げ出してくれないかなぁ…。逃げ出してくれないだろうなぁ…。





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