8


――いい匂いがする。ご飯の炊ける匂いだ。

なんだかすごくお腹が空いている。

昨日は朝早くからたくさん、本当にたくさん、歩いて、歩いて、ずっと歩き通しだったからな。でもどうしてこんなに歩いてきたんだっけ…。何か大事な目的の途中だったような…。


「…鬼退治っ!」


自分の声で目が覚めた。朝日が眩しい。


「おはよう、ポチ」

「お、おはよう桃太郎」

「昨日、ご飯も食べないで寝ちゃったからお腹空いてるでしょう?」


ぐうぅぅぅう。口を開くよりも先に、お腹の音で返事をしてしまった。少し恥ずかしい。


「朝ごはん作ったから一緒に食べよう」

「食べる!」


目の前には、山菜の入った湯気の立ち上るお粥と、小さな木の実が並べられている。


「美味しそう。これ、どうしたの?」

「材料のほとんどはおばあさんが持たせてくれた物だけど、裏に井戸があったから道具を借りてお粥にしてみたんだ。木の実はこの近くを散歩がてら見て回った時に見付けたよ」


朝の散歩。いつの間に行ったんだ。

桃太郎によると、やっぱりこの村には誰かが住んでいる様子はないらしかった。つまりは鬼に関する情報や道もわからないままだ。


「じゃあ今日もひたすら歩くしかないのかぁ」

「そのためにもいっぱい食べよう」


食べ終えて、片付けも済ませたあと、家に向かってお礼を行ってからまた出発した。

僕たちを一晩泊めてくれてありがとうございます。


そうして歩き出したのはいいけれど、相変わらず山ばっかりの景色で、何と言うか…代わり映えがない。

同じ風景ばかりだと、どれくらい進んでいるのかよくわからなくなる。


ゆっくりと雲が流れる空と、木々の緑と、どこまでも続く道の土色と、その道の上に転がる鮮やかな色をした物体――。


「何あれっ!?」


桃太郎も気付いたようで、走って近付いていく。近付く程に、それが何なのかわかった。

濃い緑色の体に、長い尾羽。大きさはカラスと同じくらいだろうか。何より印象的なのは、目の回りの赤い肉腫。本物を見た事はないけれど、図鑑や絵本でなら見た事があった。


「雉だ」


実物はこんなにも鮮やかな色をしているのか。確か、派手なのはオスだけで、メスは地味な色合いをしているんだったな。

だけど、どこか様子がおかしい。

地面に横たわったまま動かないのだ。


「…怪我してる」

「えっ」


言われてよく見れば、羽が僅かに血で滲んでいた。


「木にぶつかったのかな」

「ううん、違う。これはたぶん、矢が掠ったんだと思う」

「矢が?どうして」

「あまり言いたくはないけど…、鳥も、貴重な食料だから」


そうだ。現代いまだって、狩りをする人がいるじゃないか。でも昔の狩りは、食料調達のため。日常的な事だったはず。


「じゃあ、この雉も誰かに狙われて…」

「きっとそうだろうね」


僕と話している間にも、桃太郎は薬と包帯を取り出し、てきぱきと傷の様子を確認していく。羽に手早く薬を塗って、慎重に包帯を巻いている間も、雉は目を閉じたままぐったりとして動かない。


「…大丈夫そう?」

「怪我をして弱ってはいるけど、取りあえずの手当てはしたから、あとはゆっくり休めば元気になると思うよ」

「よかったぁ。あ、この雉くんは鬼たちの住み処の手掛かりを知ってたりしないかな。ほら、いろんなところを飛び回ってそうじゃない?」

「ポチ、雉はあまり高くは飛べないんだよ…。でも、目が覚めたら話を聞いてみようか」


すると、それまでぴくりとも動かなかった雉が「うぅ…」と小さく呻きながら目を開いた。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る