6


どれくらい歩いただろう。

出発した時は山の端にあった太陽が、今は真上にある。という事は、お昼頃なんだろう。時計がないから正確な時間はわからないけれど、もう結構歩き続けている気がする。


「ねぇ桃太郎、随分遠くまで来たと思うんだけど、鬼の住み処ってあとどれくらい先なの?」

「え、ポチが知ってるんじゃないの?だから着いてきてくれたのかと思ったよ」

「僕が知る訳ないじゃないか!じゃあ僕たち、目的地がわからないままこんなに歩いてきちゃったの…」

「大丈夫だよ。きっと場所を知っている人がいるだろうから、誰かと会った時に聞いてみよう」


何と呑気な。こんな調子で、ちゃんと鬼退治なんて出来るんだろうか。今のやり取りで一気に気が抜けた感じがする。


「ポチ、ちょっと休憩する?」

「平気。まだまだこんな所でへばってる訳にはいかないから」


そう答えた途端、僕のお腹がぐぅぅと小さく鳴った。


「あ、いや、これはっ」

「ふふっ、ぼくもちょうどお腹が空いていたんだ。あそこで休憩しながらお昼にしよう」


少し開けた場所を見付け、切り株に腰を下ろした桃太郎がきび団子を取り出そうとした時。

後ろの草むらからガサガサっと大きな音がした。とっさに立ち上がり、辺りを警戒する。


「何…!?」


さっき音がした方に向かって問い掛けてみたが反応はない。どんな小さな音も聞き逃すまいと、静まり返った空間にぴりぴりとした緊張感が漂う。すると突然、その草むらから何かが飛び出してきた。


「食い物をよこせ!」


桃太郎に向かって襲い掛かった“何か”はあっさりと避けられて、飛び込んだ勢いのまま木にぶつかり、するすると地面に落ちた。


「ぎゃっ」

「何…?」


毛むくじゃらの体に赤いお尻。尻尾は短く人に似た手足。“何か”の正体は猿だった。


「大丈夫?」


さっき襲われかけたというのに、相手の心配をしてしまうのはさすが桃太郎というか何というか。放っておけばいいのに、手まで差し出している。声を掛けられて気が付いたのか、猿は再び同じように飛び掛かってきた。


「食い物をよこせ!」


これまたひらりと桃太郎に避けられて、今度は反対側の草むらに頭から突っ込んでいく。


「うぅ…」

「猿くん、どうしてそんなにきび団子が欲しいの?」

「…俺たちが縄張りにしてた森に、この間鬼が来たんだ。あいつらに荒らされたせいで、群れのみんなの食べ物が足りなくなってるんだよ」


桃太郎と僕は顔を見合わせた。村だけじゃなく、森にまで鬼の被害が広がっているのか。 


「猿くん、これは鬼退治に行くためにおばあさんが持たせてくれたものだから、簡単にあげる訳にはいかないんだ。だけど、少しなら分けてあげるよ」

「桃太郎!?」


桃太郎は空の袋を取り出すと、そこに半分ほどの量のきび団子を入れて猿に渡した。


「いいのか?」

「その代わり、もう人に襲い掛かったらダメだよ」

「わかったよ。それよりもさっき、鬼退治に行くとか言ったか?」

「そうだよ」

「まさかお前ら本気であの鬼たちに勝てるなんて思ってないよな」

「それはやってみないとわからない。でも鬼のせいで困ってる人がいるなら何とかしたいんだ」

「はっ、喧嘩もした事なさそうなやつらにゃ無理だぜ」


確かに僕と桃太郎は口喧嘩すらした事はないし、元の世界の、つまりは人間の僕も取っ組み合いの喧嘩はした事がない。


「じゃあさ、猿くんも僕たちと一緒に鬼退治を手伝ってよ!」

「やだね、そんな危ない事。お前らだけで行ってこい」


僕の提案は言下に拒否された。

あれ、ストーリー的にはきび団子をもらった猿がここで仲間になってくれるはずじゃないの?

それともいぬが誘ったから?

どうして断られたのかと、頭のなかをハテナマークがぐるぐると飛び交う。

その間に、猿くんはきび団子の入った袋を腰に括り付けて


「お前らみたいなお人好しの奴なんか、すぐに鬼にやられちまうだろうけど、健闘を祈っといてやるよ。きび団子ありがとうなー!」


と言って走り去ってしまった。

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