5
ここが『桃太郎』の世界だとわかってから、いつか来るその日の覚悟をしていた。…つもりだった。
畑仕事を終えた後、姿勢を正して二人に向かい合った桃太郎の隣、僕も心持ち背筋を伸ばして座る。
「おじいさん、おばあさん、ボクは明日、鬼退治に行ってきます」
小さく息を飲む音が聞こえた。そりゃあ急に鬼退治に行くだなんて言われても、簡単に「はいそうですか」なんて事にはならないだろう。
先に知っていた僕でさえ、落ち着かなくてそわそわしているのだ。
「桃太郎や、どうして急にそんな事を。それに、鬼がどんなものかわかっているのかい」
「角の生えた恐ろしい異形で、村を襲って食べ物などを奪っていると聞きました。ここも前に鬼が来た事があるのでしょう?このままでは被害は広がる一方です。誰かが止めなければ」
「それはそうだけれど、何もあなたがやる必要はないんですよ」
「確かにそうかもしれません。でもその、いつかや誰かを待っていては、どれほど先になるかわかりません。だから行かせてください。大丈夫、ボクは力はありますから」
短いやり取りの中でも、桃太郎が意志を固めているのを感じたんだろう。二人はお互いに顔を見合わせると小さく頷いた。
「…わかった。そんなにはっきり決めているなら止めはしない。だけどどうか無事に帰ってくるんだよ」
「はい。必ず戻ってきます」
その日はいつもよりちょっぴり豪華な夕飯を食べて、みんなでたくさんお話をした。
夜は僕も部屋に上げてもらって、並んで眠った。
いよいよ明日だと思うと緊張してなかなか寝付けなかったけれど、桃太郎が隣で優しく背中を撫でてくれているうちに安心していつの間にか眠っていた。
翌朝。空はまるで桃太郎の門出を応援するかのように、綺麗に晴れ渡った。
いつの間に作っていたのか、おばあさんが丁寧に縫い上げた立派な服に身を包み、腰にはおじいさんから渡された刀を差した桃太郎は、僕が絵本で見た事のある姿そのもので、これなら鬼も倒せそうだと思えた。
「桃太郎、これも持ってお行き」
「これは?」
「きび団子だよ。たくさん作ったからね。ちゃんと食べて、しっかり力をつけなさい」
「ありがとう。それでは行ってきます」
おばあさんからきび団子を受け取った桃太郎の隣に僕も並ぶ。
「ポチ、付いてきてくれるのかい?」
「もちろん!」
「そうか、それは心強いな」
元より一緒に行くつもりだ。それに桃太郎のお供と言ったら犬、猿、雉だろう。
僕は最初から出会ってしまっているし、自分に何が出来るのかもわからないけれど、この物語を最後まで見届ける義務が僕にはある。
「ポチ、桃太郎をよろしくなぁ」
おじいさんとおばあさんに見送られて、僕たちは鬼の住み処を目指して歩き出した。
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