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桃太郎と僕はまるで兄弟のように育てられ、優しい二人のもとで桃太郎はすくすくと、それもあっという間に成長した。

数日前までは僕とあまり変わらない大きさだったのに、今ではおばあさんを追い越しそうなくらいだ。時間の進み方が随分と違うらしい。


桃太郎は、優しく逞しい男の子に育った。

二人の手伝いは進んでするし、僕ともよく遊んでくれる。まだ子どもながらに、大人にも負けないくらいに力も強かった。

ただ一つ、桃太郎には他とは違う不思議な能力ちからがあった。どうやら動物の言葉がわかるようなのだ。ぼくだけじゃなく、畑にやって来る雀やカラスとも話す事が出来た。


最初にそれがわかった時は僕の方が驚いたものだけど、ここへ来てからようやく普通に会話が出来る人と会えて、嬉しくなっていろいろ話しているうちに、僕らはすぐに仲良くなった。


「ポチ、ぼくはね、大きくなったら動物を助ける仕事がしたいと思っているんだ」


腰を痛めたおじいさんに代わりに畑のお世話をしていた合間、並んで休憩している時に桃太郎がふとそう言った。


「それって例えば動物のお医者さんとか?」

「まだちゃんと具体的に考えた事はなかったんだけど、動物のお医者さん…、いいかもしれない」

「桃太郎ならどこが痛いのか詳しく聞く事も出来るし、向いてると思うよ」


動物と話せるなんて、まるでドリトル先生だ。僕は前に読んだ本を思い出して言った。


「桃太郎、ポチ、お昼を持ってきましたよ」


おばあさんの声に振り向くと、手に風呂敷包みを持ってこちらに歩いてくるのが見えた。


「ありがとう。いただきます」

「わん!」

「無理しすぎないで、暗くなる前には帰ってくるんですよ」


おばあさんの姿が見えなくなった後、桃太郎は包みを開いて僕にもおにぎりを渡してくれた。だけど、何かを考え込んだ様子のまま一向に食べる気配がない。


「どうしたの?せっかく作ってくれたんだし、ちゃんと食べないと動けなくなっちゃうよ?」

「うん…、それはわかってるんだけど…」


少しの沈黙があった。そして、僕が自分の分のおにぎりを食べ終える頃、桃太郎はゆっくりと言葉を選ぶように話し出した。


「おじいさんとおばあさん、ちゃんとご飯食べてるのかな」

「え?」

「ぼくたちの分はこうやって前と変わらない量で出してくれてるけど、最近二人はあまり食べていないように思うんだ。この服だってそう。大きくなった僕の服を作るために、二人が大切に仕舞っておいた服をほどいて使ってくれている」


言われてみれば確かに、いつだって自分たちよりも僕たちの事を優先してくれていた。


「ねぇポチ、この村には他にも家や畑があるのに、どうしてみんないなくなってしまったのかな」

「それは…」


実はその答えを僕は知っていた。だってここはあの『桃太郎』の物語だとわかったから。それに、ちょっと前におじいさんたちが話していたのも偶然聞いてしまったのだ。


「何か知っているなら教えて。ぼくに出来る事があるなら、あの二人に恩返しがしたいんだ」


真っ直ぐな瞳に見つめられて、少し躊躇いながらも、僕はおずおずと口を開いた。


「…鬼って知ってる?」

「おに?」

「角が生えた体の大きな異形で、人の住む村を襲って金品や食べ物を奪っているらしい」

「じゃあもしかしてこの村も」

「うん。前に鬼が来た事があったみたい。それが切っ掛けでみんなこの村から出て行っちゃったんだ」

「おばあさんたちは一緒に行こうとしなかったの?」

「きっと、生まれ育った思い出の場所を残したかったんじゃないかな。いつかまたみんなが戻ってきたくなった時のために、守るために残ったんだと思う」


桃太郎は「そうか…」と言ったきり、俯いてまた黙ってしまった。そして次に顔を上げた時。何かを決心した表情をしていた。


「ポチ、決めたよ。ぼくは鬼退治に行く」




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