3


この日はおばあさんについて川に行く事になった。数日に一度の洗濯をするためだ。

川の流れが緩やかな所で、桶いっぱいに入れてきた洗濯物を下ろす。


ここにはスイッチ一つで全部やってくれる洗濯機も掃除機も炊飯器もないから、おばあさんは服を洗うのも家の掃除もご飯を炊くのも、さらに言うならお風呂を沸かすのだって、全部自分の手でやっているからすごい。


おばあさんが洗濯板を使って洗っている間、僕は近くで遊んだりしながら待っている。

僕にも何か手伝えたらよかったんだけど、犬の手じゃ難しいのだ。


もうあと少しで洗濯も終わろうかという頃、川の上流から何かが流れてくるのに気が付いた。

目を凝らしてみると、見覚えのあるシルエット。そう、甘くて柔らかい…。


桃ー!?


ゆっくりとこちらに向かってくるその物体は、遠くからでもわかるほどに大きな桃だった。

あんなに大きな桃が出てくる話といったら、一つしか思い浮かばない。


あれ、待てよ。今、おばあさんは川へ洗濯に来ていて、おじいさんは山へ芝刈りに行っている。これって、『桃太郎』のお話の冒頭そのまんまじゃないか!

だんだんと近付いてくる桃に、洗濯に集中しているおばあさんは気付かない。


「わん!わんわんっ!」


お願い気付いて!あれを見て!

必死に吠えて桃の存在を伝える。

あれをおばあさんが拾ってくれないと、きっとこの物語は進められない。


「おやおや、急に吠えてどうしたんだい?」


おばあさんが顔を上げる。


「わわんっ、わんわわん!」


僕じゃなくてあっちを見て!あの桃を拾って!

言葉が通じたわけではないだろうが、僕の目線を追って、おばあさんが振り返る。


「あれまぁ!大きな桃だこと」


おばあさんは少し躊躇ってから、着物の裾をたくし上げて川へ入る。桃は、広げた腕の中にゆっくりと吸い込まれるように収まった。


「こんなに大きな桃を見たのは初めてだよ。帰ったらみんなで食べましょうね」




洗濯物と一緒に桃を抱えたおばあさんと僕が帰ってしばらくして、山に行っていたおじいさんも帰ってきた。


「こりゃあたまげた。こんな大きな桃、どうしたんだい」

「川の上流から流れてくるのを、ポチが教えてくれたんですよ」

「そうか、ありがとうなぁポチ。早速みんなで食べよう」


とは言え一抱えもある桃を切るのはなかなか大変なようで。おじいさんが桃を押さえて、おばあさんが慎重に包丁を入れていく。

僕は、中にいるはずの桃太郎まで切られてしまわないかと冷や冷やしながら様子を見守った。


やがて、包丁が真ん中くらいにまで到達すると。そこからパカッと綺麗に二つに割れて、中から男の子が出てきた。元気な声が響き渡る。


「おぎゃあ、おぎゃあ!」

「まぁ!桃から男の子が生まれてきましたよ」

「ポチが来てから驚く事ばかりだなぁ。この子にも名前を付けてうちで育てよう」


その男の子は僕の予想した通り“桃太郎”と名付けられ、この家で育てられる事になった。

あ、桃は美味しく頂きました。冷蔵庫なんてないから、切ったそばからどんどん食べて、お腹いっぱい。しばらく桃は食べなくていいかも。






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