chapter1. 1


――土の匂いがする。

近くには水が流れる音と、草むらに隠れる生き物の気配も感じられた。


そうっと目を開けてみると、さっきまで確かに学校の図書室にいたはずなのに、今いるのは周りを山で囲まれた見知らぬ場所だった。


もっとよく辺りの様子を見てみようと立ち上がったのだが、普段と比べてやたら地面が近い。不思議に思って足下を見た僕の視線がそのまま固定された。


「何だ、この手…!」


そこにあったのは、学校の上履きでも、お気に入りのスニーカーを履いた足でもなく、指をちょこんと丸めたような、白くてもふもふした小さな手。

もしやと思い、すぐ側にあった川を覗いて自分の姿を写してみた。


「何だこれ!」


そこにいたのは三角の耳に丸い顔、柔らかそうな毛並みの白い仔犬。

自分だと信じられなくて、顔を左右に向けてみたり、その場から移動してもみたけれど、川の中の仔犬は鏡に写した時と同じように全部真似してついてくる。

これ、ほんとに僕なんだ…。


「犬になるだなんて聞いてないよー!」


空に向かって叫んだ声は、ただの犬の遠吠えに変わる。

こんな姿でどうやって物語を進めればいいんだろう。そう言えば、そもそもここがどのお話の世界なのかも聞いていない。


一先ひとまずは今いるのがどの物語の世界なのかを考えよう。

周りの景色を見る感じでは、どうやら日本のようだ。…外国の風景をあまり見た事がないから、比べようがないけど。


日本のお話で、犬が出てきて、広く知られているもの。

もしかして『花咲か爺さん』?

花咲か爺さんは確か、優しいおじいさんおばあさんと、その隣に住む欲張りなおじいさんおばあさんが出てくるお話だ。


ある日、優しいおじいさんの元に、「自分の畑を荒らした」と言って追い掛けていた欲張りなおじいさんから犬を助ける所から始まる。

その犬はポチと名付けられ、可愛がられて育てられた。

ポチが大きくなったある日、裏山でポチが「ここ掘れワンワン!」と吠えた場所を掘ってみると、たくさんの小判が出てきた。

それを見ていた欲張りなおじいさんは、嫌がるポチを無理矢理連れて裏山へ行ったが、掘っても掘っても出てきたのは蛇や化け物ばかり。

怒った欲張りおじいさんはポチを殺してしまった。


悲しんだおじいさんは、裏山にポチの亡骸を埋めて、小さな木の墓標を立てた。

するとその墓標がぐんぐん育ち、立派な木になった。

やがてその木が「臼にしてくれ」と言うので、木を切って臼にして餅をついたところ、餅が小判に変わった。

隣のおじいさんたちが真似をすると、餅は見る見る泥団子に変わり、弾けて顔を真っ黒にした。

怒った欲張りおじいさんは、臼を粉々にして竈で焼いてしまった。


悲しんだ優しいおじいさんが、その灰を集めて畑に撒こうとすると、風が吹いて灰を吹き飛ばした。すると枯れた木が光り出して、桜の花を咲かせた。

喜んだおじいさんとおばあさんが他の枯れ木にも灰をかけると辺り一面桜が満開になった。

その話を聞いてお殿様がやって来た。

おじいさんが見事枯れ木に花を咲かせるのを見て喜び、たくさんの褒美を授けた。

それを見ていた隣のおじいさん。真似をして灰を撒いたが、灰はそのままお殿様にかかり、怒ったお殿様に牢屋に入れられてしまいましたとさ。


可愛がっていたポチのおかげで、優しいおじいさんたちがお金持ちになる。そんな話だったはずだ。

…あれ。って事は僕、このままじゃ死んじゃうんじゃないの!?

でも最後までちゃんと物語が進めば元いた場所に戻れる…のかな?

考え事をしながらわたわたしていると、急に身体が浮いた。驚いて振り向くと、優しげな顔をしたおばあさんが僕を抱いて立っていた。




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