放課後、図書室で
柚城佳歩
プロローグ
もしも、本の世界に入れたら。
無数の世界を自由に旅して、かっこいいヒーローになったり、いろんな国や景色を見て回りたい。
見た目からは味が想像も付かないような変わった果物を食べて、動物ともお話してみたり、魔法だって使ってみたい。
本の世界でならきっと空だって飛べるし、新幹線より速く走ることも出来るだろう。
そんなたくさんの“もしも”を、僕は今日も考える。
放課後のチャイムが鳴り、帰りの会が終わると、みんながたがたと音を立てて勢いよく椅子から立ち上がる。
「
「あ、えっと、今日は読みたい本があるから…。また今度でもいいかな?」
「そっか、わかった!じゃあまた明日な」
誘ってくれた友達は、今度は別の友達に声を掛けて、そのまま一緒に校庭へ飛び出していく。
僕も荷物をまとめると、図書室へと向かった。
外で遊ぶのも嫌いじゃない。だけど僕はどちらかというと、一人でじっくりと本を読んでいる方が好きだ。
「ふぅ…、今日はここまでにしよう」
読んでいた本をパタンと閉じて時計を見ると、いつの間にか二時間以上経っていた。
来た時にはまばらに人がいたけれど、もうみんな帰ったのか、部屋には僕一人になっていた。
椅子から立ち上がって身体を
開いた窓からは春の爽やかな風が入ってきて気持ちがいい。
本を戻して帰ろうとした時、奥の本棚から一冊だけぴょこんと飛び出しているのが見えた。
誰かが慌てて戻していったのかもしれない。落ちるといけないから、ちゃんと戻しておこう。
そう思って本の背表紙に指で触れた時、一瞬強く光った気がした。
「……?」
不思議に思って取り出してみると、しっかりとした装丁の本で、古い物なのか少し色褪せている。
どんな本なんだろう。
興味が湧いて開いてみると、目次のページにたくさんのお話のタイトルが並んでいた。
中には知っているものもあったけれど、何故かほとんどのタイトルが黒く塗り潰されていたり、空白になっている。
「どうしてこんな風になっているんだろう…」
《知りたい?》
「えっ」
すぐ近くから声が聞こえて反射的に振り返るが、誰もいない。
《ふふっ、そっちじゃないよ。こっちこっち》
また同じ声が、今度はさっきよりもはっきりと聞こえた。それも僕の持っている本から。
「うわぁぁぁぁぁぁああっ!」
驚いて尻餅をつき、咄嗟に本を後ろに放り投げる。
「あまり乱暴に扱わないでほしいなぁ」
床に落ちた本は、身体を起こすみたいに小さく動いている。
本がしゃべった!しかも動いてる!
怖いのに目が離せない。
すると、よいしょと言いながら、開いた本の下から、背中に透明な羽の付いた小さな女の子
が這い出てきた。
「こんにちは、私はコヨミ。この本を見付けてくれてありがとう。キミの名前は?」
スカートの裾を整えてこちらへ向き直った彼女は、絵本やアニメで見たことのあるものの姿と重なる。
「えっと…、僕は開。あなたは妖精さん?」
「まぁそんな感じの
「しゅうしゅう?」
「コレクションってこと。世界中から集めた物語を、その本に収めているの」
「でも、この本…、ほとんどお話なんて書いてないよ?」
「そう、そうなのよ!」
急にずいっと顔を近付けてくるものだから、勢いに押されて一歩下がる。
「見ての通り、目次には空白の部分と黒く塗り潰されている部分があるでしょ?空白の部分はこれから新しく出会う物語を収めるスペース。黒くなっている所は収めていた物語が抜け出ていったものなの」
「物語が、抜け出る?」
「何て言うか、そのー…。正確に言うと私が逃がしちゃったというか…」
本の妖精さんことコヨミちゃんは、急にしどろもどろになって、その場で飛びながらぐるぐると回り始めた。
「…実は私、本の管理者としてはまだまだ見習いで魔法も練習中なんだけど、前に練習していた時、なんだかうとうとしちゃって。寝ぼけて物語を解放する呪文を唱えちゃったみたいなの。気付いた時には全部のお話が本から飛び出してしまっていて、元に戻そうと頑張ってはいるんだけど、私一人じゃなかなか集まらなくて…」
「誰か他の妖精さんに手伝ってもらうことは出来ないの?」
「仲間たちも、また別の本の管理をしているから難しいのよ。だからお願い!お話を集めるのを手伝って!」
「集めるって言っても…、どうやって?」
「方法は簡単。物語の中に入り、登場人物の一人になってその物語を完成させればいいの」
物語の中に入る。
それは僕が今まで何度も夢見たことだ。
本当にそんなことが出来るのなら、一度くらいは体験してみたい。
「でも、僕にそんなこと出来るかな?」
不安な気持ちで問い掛ける僕に、コヨミちゃんは満面の笑みで答えた。
「だーいじょぶ!そんなに難しい事じゃないわ。それに、こんな遅くまで図書室にいるって事は、本を読むのが好きなんでしょ?キミならいろんなお話を知っていそうだし、最初は初心者向けに、誰もが知ってる有名なお話にしておくから!」
そう言うとどこからか取り出した杖を落ちたままになっていた本に向けて振った。
するとパアァッと本が光り出し、ひとりでに勢いよくページが捲られていき、ある場所でピタリと止まる。
開いたページを上にして宙に浮く本の真ん中には、ぐるぐると光の渦が巻いていた。
「どうやって本の中に入ればいいの?」
「そこに手を入れてみて」
「手を…?」
恐る恐る手を近付けていくと、渦に触れた途端にぐいっと中へ引き込まれた。
「え、えっ、うわぁ!」
振り返ると、さっきまでいた図書室がちらりと見えた。その間も、どこかに向かって引っ張られるように落ちていく。
「言い忘れてたけど、物語をちゃんと完成させないと本の世界から出られないから気を付けてね!それでは物語の世界へ行ってらっしゃーい!」
落ちていく途中、コヨミちゃんの声が聞こえた。
それ、すっごく大事なことじゃないか!
先に言ってよ!
僕の抗議が届くよりも早く、深く、どこまでも落ちていく。
どこまで行くんだろう…。
そう思った時、周りが何も見えなくなる程に強烈な光に包まれた。
眩しさに目を開けていられなくて、ぎゅっと目を
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