第3章 シシとゼフォー 2020年
1
見習いマジシャンのシシは ゼフォーの芝居小屋で働いていました。
その芝居小屋は、ゼフォーのオヤジさんが亡くなってからはめっきりお客がへり、ゼフォーは今日もまばらなお客を相手に、それほど上手くもない
ギークマジックをやっていました。
シシはそのお手伝いをしていたのです。
ギークマジックというのはとても気持ちの悪いマジックです。
舌に針を刺したり、割れたガラスを食べたり、トランプカードから虫をうじゃうじゃ出したり。
時には人の悩みを言い当ててはみんなで笑いものにしたりもします
本当のことを言うとシシは、そんな気持ちの悪いマジックのお手伝いをしたくはなかったのですが、ゼフォーのいうとおりにしないといけないような気がしていたのです。
10の年を数えるころ病気でママをなくしていたシシは
ゼフォーの家に引き取られ、ゼフォーのオヤジさんにずっとずっとよくしてもらっていたからです。
シシはどうしてゼフォーがオヤジさんと同じ ”おもしろいりゅーじょん” をしないのか不思議でなりませんでしたが、ゼフォーにそれを言う勇気はありませんでした。それどころかシシはもうずいぶん大人になったのに、一人で舞台に立つ勇気さえなかったのです。
ゼフォーの呼び物は ”恐怖の人体切断マジック” です。
女の人を箱に入れて鉄板で切る時 いつもその鉄板を高々と上げてから箱に刺すのですが、その時には必ず上下を間違えてしまうのです。
そばで助手をしているシシは慌てて言います。
「ゼフォーさん!逆です逆!」「おおすまん、、」
ゼフォーは鉄板をシシの方に向けて腕を伸ばすと顔だけお客の方を向き
「良く見てなお前ら。いいもんみせてやるぜー」と下品に笑います。
その間にシシはゼフォーの持つ鉄板の上下を入れかえて渡しました。
今度は上手く箱に鉄板を刺しました。
箱の中の女の人は血しぶきをあげるのですがそこはマジック
箱から出てきた女の人は生き返ったかのように薄気味悪い笑いを見せて
血まみれのままお客に手を振ります。
まばらな拍手が起きました。
ショーが終わって幕が閉まると助手の女の人はニセモノの血を拭きながらシシに言いました。
ゼフォーのやつ、今日も鉄板の上下を間違えてたわね。
ほんと下手くそだしこんなマジックとっても下品。
まぁ、お金になるからいいけれど。
シシはごめんなさいとあやまるしかありませんでした。
シシはその後、ゼフォーの名前が書かれた色紙を
まるで御利益があるお守りかなにかのように売りました。
ゼフォーの名前が描かれた色紙を家のドアに貼るとマジックみたいに小銭が入ってくる。いつのまにやらそんな噂が街に流れ、思ったよりも売れるのですがその噂はゼフォーが流したものだとシシは知っていました。
色紙にゼフォーの名前を書くのはもちろんシシのしごと。
そしてその名前の横には、ゼフォーの頭文字 Z の印をポンと押します。
ポン、ポン、ポン・・・
何度も何度もZのハンコを押していると
いったい自分はなにをしているんだろうと暗い気分になるのです。
ZZZ・・・
2
「おいシシ!酒を買ってこい」
シシはびっくりして飛び起きました。
どうやら眠ってしまっていたようです。
とつぜん使いを頼まれたシシは慌ててゼフォーのハンコをポケットにしまい
街に酒を買いに出かけました。
なぜこんなことまでしなくちゃいけないんだ。
いやだなあ。ほんとつらいなあ。
自分はもっとみんなを笑わせたり楽しませたりするマジシャンになりたいのに。ゼフォーのオヤジさんのような。いやいやもっと素敵なマジシャンになりたい!
あの絵本に出てくるピエールのように。もしピエールに逢えたなら・・・
きっと僕も一人で舞台に立てるようになるかもしれないのに・・・
あれこれ考えながら歩いていると
いつのまにかシシは道に迷っていました。あれ?ここはどこだ?
知らない路地を行ったり来たりしているうちにシシはそこに
見たことのある看板を見つけました。
マジシャン、ピエールのバー。”まじっくたいむ” の看板です。
本当にあったんだ!。シシは迷いもせずに扉をあけました。
店の中には、絵本で読んだマジシャン、ピエールがいました!
くるりんとしたひげは本物じゃなくってクレヨンで描いているではありませんか。
ドキドキしながらカウンターに座ったシシを見て
はじめは少し気難しそうな顔をしていたピエールですがマジックが始まると
真っ直ぐな木の棒を振りながら、ニコニコとたくさんの不思議な芸を見せてくれました。
あっという間に時間が過ぎて本当に魔法にかかったみたいでした。
マジックが終わると店の奥のカーテンを開けて、小さくて丸い女の人が出来てきました。
嘘をついたら見破られそうな目。この人はコピーヌさんに違いない。シシはドキドキしました。
ピエールが言います。君の持ち物を使おう、何か持ってるかい?
シシはポケットの中のコインやら鍵やらを全部渡しました
ピエールはそれを一つ残らず黒い布袋に入れると、真っ直ぐな棒を魔法の杖よろしくクルリと振って、ことごとくそれらを消してしまったのです。
シシは思わず「トレビアーン!」と叫んでいました。ああ、あの棒のことも知ってるぞ!
あの真っ直ぐな棒は昔、本物の魔法の杖だった。でもコピーヌさんの命を生き返らせるために、時間を巻き戻す呪文をピエールに教えて、ただの棒になってしまったんだ。
うわー、本当に今も大切に持っているんだなー。
シシが子供のころに読んだ絵本 【ピエールと魔法の杖】と何もかもが同じでした。
それからシシはトランプマジックのやり方も少しだけ教えてもらいました。
こうやってトランプをくるりとひっくり返すとき別のトランプとすり替えるんだよ。
難しいねとシシが言うと ”じゅくれんのわざ” が必要さとピエールは答えてくれました。
おっと忘れてた。ゼフォーさんの酒を買いに来たんだった。
必ずまた来るねと
シシは道を覚えながらゼフォーの芝居小屋まで帰りました。
そして自分の荷物の奥にしまっていた古い古い絵本を取り出して
懐かしそうに読み始めたのです。そんな機嫌のいいシシをいぶかしく思ったゼフォーが訊いてきます。
おい、シシ!おまえ絵本なんか読んでどうした?ガキじゃあるまいし。
ゼフォーさん、見てください。僕はこの絵本の中のマジシャン ピエールに出会ったんです。
絵本の中のマジシャンが本当にいたんです。そしてただの棒になってしまった魔法の杖を今も大切に持っていたんですよ!
すごいですよね!!ああ、僕はもっとピエールのマジックを見たいなー
心臓のドキドキが止まらない様子のシシを見ながらゼフォーが言います。
絵本の中のマジシャンが本当にいたって、どういうことだよ。
ゼフォーはシシの絵本をみました。ぱらぱらめくってみているうちに
あるひとつの昔話を思い出しました。
ん?この話はきいたことがあるぞ
昔々、片田舎に住んでいたマジシャンの話だ。
本物の魔法の杖を手にして一度はこの国一番の腕を誇ったのに
そのことを偉そうに鼻にかけていたものだから
そのうち誰からも相手にされなくなり
終いにゃ愛する嫁さんを失っちまった哀れなマジシャン
でも 話の最期がちがうよな。
この後夢から覚めてこいつは死んじまうんだ。
それから杖はどこかに持ち去られて、、、
二人の墓は今じゃどこにあるのかわからないって話のはずなんだが。
なんだ。。その最後のページが破られていてNのページがないのか。。。。
ん?待てよ?
ゼフォーは気づいたのです。
最後のページがないものだから 上手いこと話がつながって
この絵本の中でだけはピエールってマジシャンが今も生きてることになっているのか!そしてシシによればそのピエールってマジシャンが本当にいるってことらしい。
まるでおとぎばなしのようじゃないか。
もしそれが本当だとすると、最後の無くなったページを戻してやれば
そいつの持ってる棒は本物の魔法の杖になるってことだよな。
いやいや何も破られたそのページじゃなくてもいいんじゃねーか。
そのページを都合よく書きゃーいいじゃねーか
夢から覚めたピエールが、この俺に杖をくれるって筋書きはどうだ!
ガハハ!こいつはいいや。上手くゆくと本物の魔法の杖が手に入るかもしれねーぞ。
「よし!シシ。明日でゼフォーマジックショーは最後にするぞ」
「え?どうしてやめちゃうんですか?」
「お前がいなきゃ俺のマジックはできねー。でもそれでいいんだ。
お前、うちの小屋を出てそのピエールの店で働け。おまえもそろそろ独り立ちするころだ。俺が話をつけてやる!なあに、俺のことは心配すんな。」
そうさ。俺様は本物の魔法の杖を手に入れるんだからな。
「明日のショーの後、早速ピエールの店に行こうじゃねーか。
その時は必ずその絵本も一緒にもってゆくんだぜ、シシ
忘れるんじゃねーぞ」
3
次の日ゼフォーはシシと一緒にピエールの店にやってきました。
ゼフォーとピエールは何やら話をしています。
おお!これが魔法の杖ですか。これで数々の不思議をやってのけているのっすね。
いえいえそれはただの棒ですよ。種があるのはここここ!とピエールは腕をたたいて笑います。
そんな笑いあうゼフォーとピエールを見ながら
「なんだかとっても嫌な感じがする」
心配そうにコピーヌがつぶやいているのをシシは聴き逃しませんでした。
「シシ、ピエールさんにあの絵本を見せてあげよう。」
ゼフォーがシシから絵本を奪うように取るとテーブルの上に置きました。
ゼフォーはもちろんピエールに絵本を見せるつもりなどありません。
ピエールとコピーヌが絵本を眺めているのをよそに
絵本の表ではなく後ろの表紙を開いて 懐から一枚の紙を取り出しました。
そして 一番後ろの【O】と書いてあるページの上に、その一枚の紙を乗せました。
それは昨日の夜遅くにゼフォーが書いておいたニセモノのページでした。
「これでどうだ!」ゼフォーが不気味な笑顔で見つめます。
すると、、、
絵本が突然光りだし、店の中を目を開けていられないほど強く冷たい風が吹きました。
ピカァーッ!
ゴオォ~~~っ
「「「うわっ」」」
ゼフォーもシシもピエールもコピーヌもみんな目を閉じました。
ドサッ 何かが落ちる音がして、、
シシが目を開けると なんと床にはコピーヌが倒れていました。
ピエールは杖を持ったままぼんやりと突っ立ています。
そして 気づけば、ピエールの ”まじっくたいむ” は気持ちの悪い部屋に様変わりしていました
コウモリのテーブルにドクロのイス。クモの巣のカーテンにワニ革の絨毯。
窓から陽の光が入っているのにどんよりと暗くてまるでお墓のような部屋。
おお!夢のような立派な部屋じゃねーか!ゼフォーが叫びます。
「こりゃいいや。俺様に似合うものがぜーんぶありやがる。
やっぱり思った通りだ。俺が書いたページを絵本にはさんだから
俺の書いた通りの世界になったんだ!」
するとピエールが突然「この杖は世界一のマジシャンであるゼフォーさんのものです。どうかこのピエールを弟子にしてください。何でもいうことを訊きます。」といって
持っていた魔法の杖をゼフォーに手渡してしまいました。
ゼフォーはにやりと笑うと 「ありがとな、ピエールさんよ。
シシ、どうだ!この魔法の杖は俺様のものだ。ガハハ!」
シシがそれはいけませんよと杖を取り返そうとしましたが
ゼフォーは杖をぐるんとひねってシシを魔法で壁際に突き飛ばしてしまいました。
「おお!本物の魔法の杖だ!すげーなー。どうだシシ、魔法を受けた気分は!さーて、ちょっくら家の外側を見てこようか。おい、ピエール、付いてこい!」
そういうと、突然おかしな言葉を一言だけつぶやいて
杖を持ったまま、ピエールと出て行ってしまいました。
シシは体が痛いのを我慢しながらコピーヌを揺り起こしましたが彼女は眠ったように動きません。
「いったい何が起こってるんだ?」シシが急いで絵本を開いてみると
そこには見たことのないページが綴じられていました。
―――――――――――――――――――――
【N】 そんな夢をたくさん見た後で
ピエールは目を覚ました。すると、
死んでしまったコピーヌのことなんか諦めて
魔法の杖を ゼフォーにあげることにした。
そしてゼフォーのいう事なら何でも訊く弟子になった。
ゼフォーとピエールは本物の魔法の杖で
世界一のマジシャンになって大豪邸を建てた!
―――――――――――――――――――――
「なんてこった!」
あまりにひどいことが書いてあるのですが、物語はちゃんとM、N、Oとつながっているではありませんか。
すぐさまそのページを破ろうとしたのですが、どういうわけか少しも破ることができないのです。
どうしよう。とにかくこのままではいけない。僕がなんとかしなくっちゃ。
そうだ。この絵本はもともと僕のおばあちゃんのものだった。
ママがまだ生きていたころ 何度か遊びに行ったことがある。
今はだれも住んではいないけれどそれほど遠くではなかったはず。
あそこへゆけばどうしたらいいかわかるかもしれない。
シシは大急ぎで本を持ってゼフォーに見つからないよう、そこから出てゆきました。
ピエールさん、コピーヌさん。待っていてね。必ず助けるから。
豪邸の姿に大喜びだったはずのゼフォーは気持ちの悪い植物がたくさん生い茂った庭で
手に持った杖と大声で言い争いをしていました。
「おいおいゼフォー。君はバカなのかい!
あんなひどいお話じゃあ、僕の魔法は半分もつかえないぞ」
「なんだと!棒っきれにバカ呼ばわりされる覚えはねーぜ」
コツン!痛っ
「棒じゃない。マジックウォンド。魔法の杖さ」
杖はそう言ってゼフォーの頭をかなり強めに叩くとさらに続けてこう言いました。
「今のままじゃ残念だけど時間を戻すことも 先のことを知ることも
そして相手が何を考えているのかも知ることができない。
これじゃあ君を世界一のマジシャンにはできないさ。
どうして絵本を置いてきちゃったのさ。早く部屋に戻って絵本を取り返さなきゃ。」
それを聞いてゼフォーは慌てて部屋に戻りましたがシシはもういません。
ゼフォーと杖が気付かぬうちに絵本を持って出て行ってしまったのです。
「悔しいけど今の僕じゃシシが絵本をどこにもっていったかわからないし
魔法で取り戻すこともできないよ。でも、まあいいさ。
嫌な予感がして、さっき呪文を掛けておいたんだ。
君が絵本にはさんだページは、君にしか破り取ることができないようにしておいた。どこに持って行ったって必ずあのシシって子はこの豪邸に帰ってくるさ。そのとき絵本を奪ってしまえばいい。
そして君がはさんだページを破って元々あった本物のページと取り換えればいいのさ。」
「あぁそうか!俺が部屋を出る前におかしな言葉をつぶやいちまったのは
その呪文だったのか。へー。この棒はたいしたもんだ。
先のこともお見通しってことか!」
コツン!
「棒じゃない。魔法の杖さ。でもまだまだだ。先のことが見通せたんじゃない。なんとなくそう感じただけだよ。僕の本当の力はこんなものじゃないんだよ。
いいかい、まずはページが沈んだ海に行くんだ。
絵本が元の姿に戻ればそのあと僕は間違いなくゼフォー、君のための魔法の杖になる。そうすれば欲しいものは全部手にいれられるぜ。
僕は君みたいな、自分の欲に素直なやつが好きなんだ。
さあ、昔カーラに破られた本物のページを探しに行こう
そしてこんどこそなにもかも僕の思い通りにしてやる。」
「ガハハ!そりゃあいい。カーラが誰だか知らねーが
こいつが本物の魔法の杖になるんならなんだっていーや
よし探しに行こう!」
海に面した崖までやってきたゼフォーは魔法の杖に教わりながら
たくさんたくさん魔法を掛けました。
海の底まで潜っても息が出来る魔法
海の底まであっという間に泳いでゆける魔法
破れて散らばってしまったページのかけらを一枚残らずかき集める魔法
それから破れた紙を綺麗にくっつける魔法
海の底から崖までちょっと飛び上がっただけで戻って来れる魔法
びちょびちょに濡れた紙を火を使わずに曲がることなく乾かす魔法
ずいぶん時間を掛けたけどたくさんたくさん魔法を使って
とうとう本物のページを手に入れてしまったのです。
杖がピエールの命を奪ったという物語。
裏に描かれたのはピエールとコピーヌの眠るお墓の絵。
まだ六歳だったカーラが破って捨てた、悲しい悲しいページ。
そのページは、いまやゼフォーがしっかりにぎっていました。
「でも喜ぶのはまだ早いよゼフォー。絵本にこいつをはさむまでは、今の僕には何が起こるかわからないんだ。」
「心配すんな。俺がなんとでもしてやるよ。ガハハ」
絵本を持ち去ったシシの方はというと、大急ぎでおばあちゃんの家にやってきました。
埃をかぶった家具がいくつか置いてあって昔あそんだ積み木もそのまま残っていました。
壁にはおばあちゃんの優しい笑顔の絵が飾ってありました。
「ねえ、あばあちゃん。おばあちゃんのこの絵本、大変なことになっちゃったんだ。このままだとコピーヌさんは死んじゃうし、ピエールさんはゼフォーの弟子にされちゃうよ。そして気持ちの悪い豪邸がどこかに立っちゃうんだ。
ゼフォーみたいなやつが本物の魔法の杖を手にしたら世の中が大変なことになっちゃうよ。
たすけて。カーラおばあちゃん!」
シシが壁を叩くと、おばあちゃんの絵がガタンと落ちてきました。
そしてバタンと倒れると、後ろの板が外れてしまいました。
シシはそこに一枚の絵と手紙が入っているのを見つけたのです。それはまだ子供だった頃のおばあちゃんに向けて、おばあちゃんのおじいちゃんが書いた手紙でした。
『カーラへ 小さなお前にはまだわからないだろうが
この国はまた ”せんそう” を始めてしまったんだ。
だから家族が別れて暮らさなくてはいけないんだよ。
でもお前はとても優しい子だ。きっと幸せになれる。
ピエールとコピーヌが死んでしまうのは悲しいと言って
二人の墓が描かれた絵本のページを破いてしまうような子だ。
代わりに素敵な絵を描いておくれとせがむような子だ
約束だったピエールとコピーヌが幸せに暮らしている絵を
描きあげておいたから、こいつを絵本にはさんであげなさい。
カーラや。
必ず生き延びて幸せになっておくれ。
どうか神様のご加護がありますように。』
ピエールとコピーヌの墓だって?!そうかあの後二人は死んでしまっていたのか。
手紙を読んで、絵本の本当の姿がどんなものだったのか、おばあちゃんがその絵本に何をしたのか、シシにはなんとなくわかりました。
ありがとう、おばあちゃん。ありがとう。おばあちゃんのおじいちゃん。
僕は今、自分がやるべきことがわかったよ。
この絵を本にはさめばいいんだね。
魔法の杖をゼフォーに渡したりしないさ。
きっとゼフォーはこの本を奪いに来る。
魔法の杖が少しだけ使えるようになった今、かならず杖はこの絵本を
破られる前の元の姿に戻そうとするはずだ。
ということはゼフォーは自分が書いたニセモノページをかならず破るはずだ。
その時がこの絵をはさむチャンス!!
シシはこれまた急いで、今はゼフォーの豪邸になってしまった
”まじっくたいむ” に戻ることにしました。
4
太陽が一度沈んでもう一度顔を出す頃
悪趣味な豪邸には、杖を持ったゼフォーがドクロのイスに座ったり立ったりと、ずいぶんといらいらしながら待っていました。
ピエールはゼフォーの言うがままに部屋の掃除をさせられていました。
その部屋の床にはコピーヌが倒れたまま全く動かずにいます。
杖がつぶやきます。
「このピエールはさ、僕が魔法の杖じゃなくなってもいいって言ったんだ。ほんとひどい奴さ。
あのコピーヌはさ、僕とピエールの邪魔をしたんだぜ。ほんと嫌になっちゃうよ。」
そこに絵本を持ったシシが戻ってきました。
おおやっと来たか、その絵本はいただくぜと
ゼフォーは杖をぐるんとひねりました。
絵本はシシの手を離れゼフォーの元に飛び移ります。
シシはいとも簡単に絵本を奪われてしまいました。
「残念だったなシシ! これで杖も絵本も そしてほら見ろ!
無くなっていた本物のページもすべて俺のものだ。ガハハ!」
ゼフォーは奪った絵本を開くとすぐさま
自分が書いたページを破ろうとしました。
慌てて杖はゼフォーに言いかけます。
「ゼフォー。そのページを破る前にシシを先に縛っておけよ。そうしないと、、」
ところがゼフォーはその杖の言葉を聴く前に破り取ってしまいました。
ビリビリッ
ゴオォ~~~っ
ゼフォーの豪邸の中を、強く冷たい風が吹き荒れました。
豪邸は、みるみるうちに、もとの ”まじっくたいむ” に戻ってゆきます。
「くそっ、またこの風かよ!!」
テーブルの上にあった本物ページは、風に吹かれてひいらりひらり
掃除をしていたピエールの足元に落ちてゆきます。
ゼフォーは慌てて杖をぐるんとひねって取り戻そうとしましたが
この世界ではただの棒。何も起こりません。
「はあ?なんでだよ?てめー肝心な時に寝てんのか?」
いまだ! シシは思い切りゼフォーにぶつかってゆきます。。
ドシン!
シシとゼフォーは 絵本を奪い合って激しくもみ合います。
よこせっ、これは僕のだっ、やめろ、なにをする、いたい、このやろう!
ドン! ぐぇっ! 何かをたたく大きな音と まるで豚が悲鳴を上げるような声がしてゼフォーが突然倒れました。シシが驚いてぐったりしたゼフォーを見ると、その後ろにはお酒の瓶を逆さまに握ったコピーヌが息を切らして立っていました。
「はぁはぁはぁ、、、シ、シシくんが襲われていたから、つい、なぐっちゃった、、、まさか死んでないよね、、、」
「ああそうか。ニセモノページを破り取ったから、コピーヌさんも戻ったんだね。良かったぁ。ありがとう!助かりました。大丈夫、この人は気絶してるだけですよ。」
「よかったぁ。ねえピエールは?」
「ピエールさんならあそこに。ああっ」
ピエールはその時、お墓の絵を見つめていました。
「そ、そんな。時を巻き戻すってウォンドに騙されていたのか!
コピーヌだけじゃなくこのピエールまで死んでしまっていたのか!」
ピエールは絵本の本当の物語に気付いてしまったのです。
シシはピエールの手から墓の絵を奪うようにとると
自分も絵本の本当の物語を読みました。
なんて悲しいお話だ。だから優しいおばあちゃんはこのページを破り捨てたんだね。
でももう、こんなものいらないよ。安心してピエールさん。
シシは本物ページを真ん中から裂いて、クシャッと丸めてしまいました。
それからシシは床に落ちていた真っ直ぐな木の棒を拾って
ピエールに渡しました。
「この棒はあなたのものですよ。もう手放さないで。
さあ、今のうちにこっちの絵をはさんでしまえばいい。
見てください、ピエールさん、コピーヌさん。こんなに素敵な絵があるんです。」
シシはおばあちゃんの家で見つけた絵をピエールに見せました。
それはピエールとコピーヌが二人で美味しそうにパンをほおばっている絵でした。
明るくて素敵でトレビアーンな絵。
「素敵な絵だ。」「ほんと素敵な絵ね」
「僕のおばあちゃんが、おばあちゃんのおじいちゃんに描いてもらったものらしいんです。」
「え?シシのおばあちゃん?君はいったい誰なんだ?」
「僕の名前は、、、僕の本当の名前は リヨンっていいます。
僕のおばあちゃんはカーラって言って、この悲しいページを最初に破った人です。」
シシは絵本とカーラの話を、そしてゼフォーがどんなひどいことをしようとしたのかも全てピエールとコピーヌに話しました。
それから3人はいよいよその絵を 絵本の【O】の上にのせました。
これでまた元通りだね。。3人は強い風に備えて目をつむりました。
ところがなにも起こりません。絵本は光らないし風も起こりません。
あれ?どうしてだ?くっつかないね。。はさんだらいいのかな。。。
3人は絵本を見つめます。
すると突然ピエールは何かに突き飛ばされるように床に転がりました。
うわっ
ピエールは杖を落とし、持っていたマジックの袋からはコインやら何やらが転がります。
続いてシシも思い切り頭をぶんなぐられました。ぐはっ
そしてコピーヌは思い切り顔をひっぱたかれました。きゃあ
「さっきはよくもやってくれたなー!」
気絶していたゼフォーが目を覚ましたのでした。
そして絵本も棒になった杖も奪われてしまいました。
「全くとんでもねー奴らだ。この棒はもう俺のもんだ。
あがくんじゃねーよ。
ん?絵本に何をはさんでやがる。なんだこの絵は?
おいシシ。こんなパンを食ってる絵をはさもうとしたのか。
笑えるぜ。どこにもNなんて書いてねー。
これじゃ ただの 『し お り』 だ!ばーか!
そんなんだからいまだに一人じゃなんにもできねーんだよ!」
絵は床に捨てられてしまいました。
「しまった。そういうことか。。。」シシが悔しそうに言います。
布袋から飛び出たコインやら鍵やらを集めていたピエールは床に落ちたその絵も拾いながら
ゼフォーをにらんでいました。
「あーあ、このページ破っちまったのか。まぁいいや。
もう一度俺の書いたページをはさめば 少しは杖が使えるようになるんだ。
本物のページはすぐに戻るさ。今度は失敗しないぜ。」
ゼフォーは床に落ちていたニセモノページを絵本にはさみました。
絵本はまた光り、そして風が舞いました。
ピカァーッ!
ゴオォ~~~っ
ふたたび ”まじっくたいむ” は悪趣味なゼフォーの豪邸に変わってしまいました。
コピーヌはまたも倒れて動かなくなりました。
ピエールはまたもゼフォーのいいなりになりました。
コツン!痛っ
「ゼフォー。君は本当にバカだなあ。どうしてシシを縛っておかなかったのさ」
「痛てーな、くそ。折ってやろうか」
「ふんっ。そんなことをすれば君は一生くだらないマジシャンだぞ。
さあ、縄を出してシシを縛っておくんだ。」
「ああ、言われなくても今度はそうするさ。」
ゼフォーは魔法の杖をぐるんとひねり、太い縄を出しました。そしてその縄で弱っているシシと全く動かないコピーヌを魔法を使って縛ってしまいました。
「おい、ピエール。お前は俺の弟子だ。はやく俺を手伝え。」
ピエールはぼんやりしたままシシが破いた本物のページを拾い集め
ゼフォーはそれを杖の魔法であっという間に元に戻してしまいました。
「よおし、これで元通りだ。絵本も杖も本物ページも俺のもの。
シシは縛り上げたしピエールは俺の言いなりだ。
あとはニセモノページを破り取って、本物ページを乗せりゃあいい。
風に飛ばされねーように気を付けておけば、ピエールにだって邪魔されねー。そうだよな?ウォンドよぉ。」
「いいやゼフォー、念には念を入れるんだ。これから先、この絵本は
『ゼフォーにしか破れない』って魔法をかけておこう。」
「それはいい案だ。こいつらがオイタできないようにしておこうぜ。」
ゼフォーは杖で絵本に怪しげな魔法をかけてしまいました。
シシはただ、その様子を見ている事しかできませんでした。
悔しいなぁ。なんでこんなにうまくいかないのさ。
悔しいなぁ。本気で頑張ったんだよ。すごく勇気を出したのに。
悔しいなぁ。どこでまちがえたのかなぁ。
悔しいなあ。どうしてこんな、、、
シシはいつの間にか泣いていました。
ビリビリッ
ゴオォ~~~っ
ゼフォーはニセモノページを破り捨てるとすぐさま本物ページを高々と上げました。
「こんどこそ俺は世界一のマジシャンだ!」
その時、ピエールが慌てて言います。「ゼフォーさん!逆です逆!」「おおすまん、、」
いつもの癖でページの上下を間違えていたのです。
ゼフォーはそれをピエールの方に向けて腕を伸ばすと顔だけシシとコピーヌの方を向き
「良く見てなお前ら。いいもんみせてやるぜー」と下品に笑います。
その間にピエールはゼフォーの持つページの上下をひっくり返して渡しました。
とうとうゼフォーは【O】の上にそいつを乗せてしまったのです。
絵本が光り またまた風が強く冷たく吹き荒れました。
ピカァーッ!
ゴオォ~~~っ
あぁ。これで絵本が最初のお話に戻ってしまう。
コピーヌさんは死んでしまう。ピエールさんも死んでしまう。
二人は墓石の下で眠っていることになってしまう。
魔法の杖はゼフォーのものになって世界はとても居心地の悪いものになってしまう。。。
強く冷たい風は シシの悔し涙まで吹き飛ばしてしまいましたが
風がやんでも涙がこぼれてくるのでシシは目を開けることができませんでした。
5
ゼフォーは強い風に吹かれながらニヤニヤ笑っていました。
絵本が元に戻ったならここは俺の豪邸じゃなくこいつらの作りかけの劇場になってるはずだ。
まあいい。後からいくらでも俺好みの豪邸を建ててやるぜ。
ところがゼフォーが目を開けてみるとそこは劇場でもなくゼフォー好みの豪邸でもなく ピエールの ”まじっくたいむ” のままでした。
ん?どうした。なんにも変ってないじゃないか!おかしいじゃないか!
ゼフォーは絵本を見て驚き叫びました。
なんじゃこりゃぁ!
ドン! ぐぇっ! 何かをたたく大きな音と まるで豚が悲鳴を上げるような声がしました。
シシが驚いて目を開けると、ゼフォーがぐったり倒れていて
その後ろにはお酒の瓶を逆さまに握ったピエールが息を切らして立っていました。
「はぁはぁはぁ、、、絵本を取り返さなきゃって、ついなぐっちゃった。
まさか死んでないよね、、、」
「ピ、ピエールさん!早くこの縄を解いてっ。そしてゼフォーを縛り上げるんだっ」
縄でぐるぐる巻きにされたゼフォーを見下ろしながら、シシはピエールに尋ねます。
「一体なにが起こったの?」
「うふふ。知ってるかい?このピエールこそは、トレビアーンなマジシャンだよ。
ニセモノページが破られて、いつものピエールに戻っていたからね。
ゼフォーが運よくページの上下を間違えていただろ。ひっくり返した
まさにあのとき ”じゅくれんのわざ” で、この絵とすり替えたのさ。」
ピエールが見せた絵本には
ピエールとコピーヌが美味しそうにパンを頬張るあの絵がしっかりと綴じられていました。
「そうかあのときに!さすが ”じゅくれんのわざ” ですね。
え?でもさっきはこの絵、絵本にはさんでもなにも起こらなかったんですよ?あれ?Nって、、、書いてある???」
パンを頬張る絵の下に さっきまでなかった N の文字がありました。
「ああ、それはね」
これさ、とピエールはシシに右手を差し出しました。手を開くとそこには
ゼフォーの色紙に押すハンコがありました。
「シシが渡してきた小物を全部マジックの袋で消したろ。その中にあったんだ。これをこうやって、、ポンってね。」
なんとピエールは 「Z」 を横に倒し 「N」 にして ハンコを押していたのです。
絵本が この素敵な絵を【N】だって許してくれたんだよ、きっと。
シシの目にはまた涙があふれてきました。ただ、さっきとは温かさが全く違う涙でした。
そしてシシは新しく綴じられた【N】のページをめくり、
パンの絵の裏に書いてあったおじいさんの言葉を初めて読みました。
~ 世界が令きことに溢れ平和な時代になりますように
その世界で人々が素敵な魔法の時間を過ごせますように ~
ふふふ。カーラおばあちゃん。おばあちゃんのおじいちゃん。ありがとう。
おばあちゃんはコピーヌとピエールが ほんと大好きだったんだね。
シシはとても嬉しく感じました。
ピエールは床に落ちていた杖を拾うとつぶやきました。
もう魔法なんて使えなくていいんだよ。
君のような真っ直ぐな樹の棒が一本あればいい。
たとえ無理でも自分の腕でこの国一のマジシャンを目指してみるよ
だけど約束だ。ウォンド、君を決して手放さないからね。
そんなピエールをコピーヌは楽しそうに見ていました。
「ねぇ、ピエール。やっぱりその棒とおしゃべりしてるでしょ?!」
しばらくすると 縄で縛られたゼフォーが目覚めて うなされながら言いました。
「あのー。すんません。なんで俺は縛られてるんすかね?何か悪いことしちまいましたか?
というか俺はここでなにをしてるんすかね?」
ピエールとコピーヌとシシは顔を見合わせて尋ねます。
「あなた、、覚えてないの?」
「はい、、、というか、頭ん中がこんがらがって、自分の名前も思い出せないです、、」
「ま、まさか、そんなことって。。」
するとゼフォーはピエールの持っている杖じゃなくてハンコの方を見つめて言いました。
「あぁそれ、俺のものですよね、、見たことあります。えっと、N?
俺の名前はNから始まる?N、、、
あっ!あぁぁぁ!思い出しました。
俺の名前はニックです!芝居小屋で働いていて、、、
そうだ、思い出した!俺はマジシャンなんです。
笑いの起こるいりゅーじょんマジックが得意なんです!」
「ニックだって?いや君の名前はゼフ、、、、」
ピエールの言葉をさえぎりシシがこっそり言います。
「ピエールさん、ゼフォーのオヤジさんはニックって言うんです。」
「え?本当に?じゃあ頭を殴られて自分と父親と間違えてるってことかい?」
信じられない面持ちでピエールは落ちていた【N】ページをゼフォーに見せました。
「これ、見覚えあるよね?」
「いや、ないっす。お墓の絵っすか。その紙がどうかしたんすか?
それよりどうして俺は、こんなぐるぐる巻きにされているんすかね。
っていうか、あらら?
あなたトレビアーンなマジシャン、ピエールじゃないっすか。
あ、ひょっとして俺、マジックで縛られてるんすかね!」
どうやら本当にゼフォーはこれまでのことを忘れてしまったようです。
ピエールはちょっと考えて言いました。
「えーっと、はい。その通りです、ニックさん。いまあなたは間違いなく、きつーく縛られていますよね。
さあ今からすぐにその縄を解いてご覧に入れましょう!
目をつむってぇぇ、そう、目をつむってぇぇ、ぴえぴえぽん!」
ピエールとシシは大急ぎで縄を解いてあげました。
「うわー、あっという間っすね。本当に驚きです。タネわかんないわ。
さすが、トレビアーンなマジシャン、ピエールっすわ!
あぁ、今度は俺のマジックもぜひ見に来てください。
”ニックの おもしろいりゅーじょん” っていうんすわ。
川の向こうの芝居小屋で新月の夜にやってますから。」
そう言うとゼフォー、じゃなくなったニックは
楽しげに店から出て行ってしまいました。
「シシ、、、いやリヨン。なんだか信じられないけど、これでもう安心だよね?」
「ええ。たぶん。この絵本のページは、杖が魔法をかけてしまったので
『ゼフォーにしか破れない』はずです。
でもそのゼフォーは、たったいまいなくなって ”ニック” になっちゃいました。。。もう、この本を破ることは、、、」
「「「誰にもできない!」」」
3人は同時に笑いました。互いに手を叩いて本当に大きな声で 笑いました。
それからしばらく何かを考えていたシシは
ピエールに言いました。
「ピエールさん。僕も、あの人の芝居小屋で一から修行し直します。
ニックになったゼフォーとなら上手くやれると思うんです。
お世話になりました。立派なマジシャンになって見せます。それまでこの絵本、ピエールさんが持っていて下さい。」
「わかった。預かっておこう。もちろんマジシャンの名前は、シシじゃなくてリヨンだろ?」
「はい!そうします。」
「頑張るんだよ、リヨン。君も立派なマジシャンを目指すのなら覚えておくんだぜ。
マジックで大切なのは 何を演じるか よりも 誰が演じるか。
この人に逢いたいと思えるマジシャンになるんだぜ。」
コツン!痛っ
すかさずコピーヌは真っ直ぐな棒を奪ってピエールの頭を叩きました。
「偉そうにしないの。何を演じるかだってとっても大切だわ。それにリヨン君なら大丈夫よ。すごーく勇気があるもの。きっと何があっても挑戦してゆける人だわ。頑張ってね リヨン君。」
「はい。ありがとうございました。」
「こちらこそ本当にありがとう。リヨン。」
ピエールとコピーヌに見送られてシシは店を出ました。
不思議なことに二度目に振り返った時
そこに ”まじっくたいむ” はありませんでした。
ああ、そうか 僕はもう戻れないんだね。
いつまでも絵本の中のマジシャンに憧れてちゃだめだってことだよな。
僕は先に進まなきゃ きっとあの二人は 絵本の中で永遠に幸せに暮らしているのだし。
気を引き締めて歩き出すリヨンの肩に、チラチラと雪が落ちてきました。
リヨンは カバンから少しほころびて古ぼけた、でもとっても温かそうなマフラーを巻いて
街に消えて行きました。
FIN
6
FIN っていうのは ”おしまい” の意味だけど、
シシの目の前で FINの Nだけが大きく見えるようになりました。
N N NNNNNNNNN、、、んんんんん!!
「おいシシ!起きろ!何をのんきにねてやがる!早く酒を買ってこい!」
シシはびっくりして飛び起きました。
どうやらゼフォーの名前を書いた色紙づくりをしているうちにすっかり眠ってしまっていたようです。
「あ、ゼフォーさん。いや、、ニックさんでしたね。」
「はあ?なんでオヤジの名前を呼んでるんだよ。あーっ!
お前なにしてやがる。ハンコを押し間違えてるじゃねーか
俺の名前はゼフォーだ!NじゃなくてZだ!」
シシの目の前にはゼフォーの名前を書いた色紙が積んでありましたが
シシは寝ぼけて、Zと印を押すところにハンコの向きを間違えてNと押していたようです。
「え?え?あ、ごめんなさい。お酒かってきまーす!」
シシは慌てて芝居小屋を飛び出しました。
はあ、なあんだ。全部夢だったのか。
ピエールもコピーヌも魔法の杖も。
カーラというおばあちゃんも、あの素敵な絵本も全部。。
そりゃそうだよな。絵本の中のピエールって確か150年くらい前の人だって聞いたもの。
本当にいるわけがないよ。
だいたい、なんで僕の本当の名前が リヨン なんだよ。
本当も何も僕の名前は生まれた時から シシ だったじゃないか。
でも夢の中でピエールさんに逢えた。ずっと憧れていたトレビアーンなマジシャンに。
そして僕は信じられないくらいすごく勇気を持って頑張ったんだ。
僕はあのピエールさんに立派なマジシャンになりますって約束したもんな。
これからは少しでも勇気を持って頑張ってみるか。。。
シシは小屋に帰ってゼフォーにお酒を渡しながら言ってみました。
「ゼフォーさん、もうお酒やめたらどうですか?体壊しますよ。
オヤジさんが死んでからずっとそんな調子じゃないですか。
それにマジックだって、いつも失敗する人体切断じゃなく
オヤジさんと同じ、あの笑いが起こる ”おもしろいりゅーじょん” をした方が、お客さんが来るんじゃないでしょうか?」
「あん?なんだと?!」
ゼフォーは大きな声でシシをにらみつけながら答えました。
まずい。やっぱりこんなこと言わなきゃよかったかな。殴られちゃうよ。。
だけど驚いたことにゼフォーはしばらく考え込んでからシシにしんみりとこう言いました。
「そうか。やっぱりお前もそう思うか。いや実はな。俺もそうなんじゃねーかと、ここの所ずっと思ってたんだ。オヤジが死んでこの芝居小屋を継いだけどもよ。俺は俺でオヤジとは違うマジックをしなくちゃならねーって思いすぎていたのかもしれねー。
でも客はアレを見たいんだよな。やっぱり面白いものな。よし。俺は明日からオヤジの名前も継いでニックって名乗ってみようと思う。」
「い、いいじゃないですか!オヤジさん喜びますって!
それにあの剣刺しマジック、魔法の杖ってことで
これくらいの長さの真っ直ぐな棒を持って演じたら、もっともっと面白くなると思うんです。」
「ほっほう。そりゃいい案だ。オヤジのマジックより面白くなるかもな。
それにしてもなんだってマジシャンの杖ってのは真っ直ぐなんだ?
おとぎ話にでてくるやつはよ。もっとこう、、シュッて先が細くなってるじゃねーか。」
「あぁ、オヤジさんが言ってましたよ。マジシャンだって商売人。
『先細り』しちゃーいけねーのさって。」
「うっそだろそれ。そんな理由かぁ?まーいーけどよ。新しい ”おもしろいりゅーじょん” オヤジは喜んでくれるかなあ。よし!次の公演はニックのマジックショーだな。」
「ゼフォーさん、あの、、だったら僕も頑張って、今度こそ一人で舞台に立ってみたいです。一人で舞台に立てるよう勇気の出る名前も考えました。」
「あん?どんな名前だ。」
「リヨン ってどうですか?あの百獣の王ライオンって意味のリヨンです。
なんだか勇気があって強そうな名前でしょ。」
「そりゃあいい。知ってるかシシ。お前のシシって名前はな
どこかの国じゃ、ライオンって意味なんだぜ。
だったら ”ニック&リヨンの おもしろいりゅーじょん” だ。いいねえ。
よおし、そうときまりゃーいますぐ稽古だ!
次の新月の夜にゃ間に合わすぜ!」
「はい!ゼフォーさん!二人分の魔法の杖っぽい真っ直ぐな棒、作っておきます!」
シシは思うのです。
ニック&リヨンのマジックショーにどれだけの人が見に来てくれるかなんてわからない。
これからもずっとまばらなお客さんしか来ないかもしれない。
本当は 誰が演じるかより、何を演じるのか のほうが大切なのかもしれない。
でも、大丈夫。つらくなったらまたきっと夢の中であの人に逢える。そうしたら僕もまた勇気をだせる。
次に会えた時は ”じゅくれんのわざ” をたっぷりと教えてもらおう。
そして僕もいつか、「あの人に逢いたい」と思ってもらえるようなマジシャンになろう。
それまではこの真っ直ぐな木の棒に恥じないよう、真っ直ぐ真っ直ぐ自分の芸を磨いてゆこう。
そう心に誓うのでした。
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