第2章 カーラ 1936年
カーラが六歳になってまもないある日、街の小さなバルでマジックショーを見ました。
ピエールというマジシャンが真っ直ぐな木の棒をまるで楽団の指揮者みたいに振ると、ハンカチの色は鮮やかに変わったしコインは硬い金属の薬箱の底を通り抜けてしまいました。
その棒をピエールがこめかみに当てて見つめると、肉屋のマッジが恥ずかしいからって内緒にしていた旅行先が
ノルマンディの海水浴じゃなくてイギリスの大英博物館だって言い当ててしまったのです。
とっても不思議でカーラにはその秘密が全くわからなかったけれど
前に教会に来てくれたマジシャンほど格好良くはなかったし
お友達のトッコから聞いたデイビットってマジシャンの方が
何倍も素晴らしい気がしたし
だいたい ぴえぴえぽん!だなんておまじない とっても変だし
それよりなによりピエールが振り回している棒は本当にただ真っ直ぐなだけの棒で、魔法の杖だと言うけれど、
ちっとも魔法なんてかけられそうにはありませんでした。
だから本当はピエールの隣でニコニコしていた優しそうなコピーヌって言う女の人ともっとおしゃべりをして、今度街に出来た美味しいケーキ屋のタルトタタンの話を聴きたかったし
もしも一緒にピクニックにいくならどんな素敵なお洋服を着たいかしら
なんてあれこれ考えているうちに
カーラはなんだかぼんやりしてきて魔法がかかったように眠ってしまったのです。そうして気付けば、おじいさんのおうちの柔らかいベッドの上で目を覚ましたのでした。
ねえおじいさん。あたしね、トレビアーンなマジックをみたのよ。
ピエールっていってね、こうやって魔法の杖をふるの。
カーラは描きかけのキャンバスの横にあったおじいさんの絵筆を取り上げるとピエールのマネをして筆を振っておまじないを唱えてみました。
ぴえぴえぽん!
するとなんと不思議なことが、、、、なあんにも起こらなかったのだけれど
おじいさんはどういうわけかとっても驚いた顔をして
しばらくカーラをじっと見つめてからこういいました。
カーラや、どうやらお前は夢を見ていたようだね。
それは昔おじいさんが描いた絵本のお話だよ。。
悲しいお話だから、お前にはまだ読んで聞かせてなかったはずなんだが、
不思議にも、そんなことがあるのかもな。
どれ、今夜はその絵本を読んであげよう。
そういうとおじいさんはたくさんの本が並んでいる棚から
小さな絵本を一冊、棚の上の方から取り出しました。
ふーーーーっっ・・・げほげほげほ
おじいさんはすんごいしかめっ面をしてからその絵本を眺めると、
懐かしいなとつぶやいてカーラを膝に乗せました。
2人きりの朗読会が始まったのです。
【A】 マジシャンのピエールは毎日ルヴイ師匠の酒場で芸を見せていた。
ピエールの腕はそこそこ。なのでマジックを観た街の人もそこそこにしか驚かない。うぬぼれ屋のピエールは失敗すると必ずお客のせいにして、いっつも喧嘩になった。当たり前だけどちっとも売れていなかった。
だからピエールはみんながびっくりして
いっぱいほめて、しかもチップがバンと弾むような芸がしたくって
ある日マジック道具の市場に出かけていった。――――
おじいさんが読んでくれるお話を
カーラはさっき街のバルでみたピエールを思い出しながら聞いていました。
【B】マジックはそこそこで自分勝手なピエールは
ある日怪しい男から杖を手に入れた
【C】その杖はおしゃべりをする本物の魔法の杖だった
【D】毎日杖に頭をコツンと叩かれながらピエールはぐんぐん上手くなり
【E】トレビアーンなマジシャンになった
【F】そして、ピエールはコピーヌと結婚をした
【G】だけど自分の腕を鼻にかけるようになり嫌な奴に戻ってしまう
【H】とうとうコピーヌを殺しかねない恐ろしいマジックをやろうとする
【I】コピーヌにも愛想を尽かされ
ついに心が壊れたピエールはコピーヌを殴ってしまう
【J】そしてもみ合ううちに折れた杖はコピーヌの胸に突き刺さる――――
カーラはとても驚きました。コピーヌはどうなってしまうの?助かるよね。だってさっき会ったもの。
なおもおじいさんの読んでくれるお話は続きました。
【K】ピエールの想いに押されたのか、
杖は時を巻き戻す呪文を教えてくれた
【L】時が戻り全て忘れたはずのピエールとコピーヌは
それでも惹かれあい結婚をした
【M】杖はただの棒になりピエールは偉大なマジシャンには
なれなくなってしまったけれど
二人はとても幸せに暮らしているらしい――――
カーラは嬉しそうにおじいさんのお話を聞いていました。めでたしめでたし、だね。
でもおじいさんは突然悲しそうな声で、続きのページを読み始めたのです。
――――――
【N】「どうだい、いい夢だっただろう?」
魔法の杖が寂しそうにつぶやく
「時は戻せないといったじゃないか。
僕が魔法の杖じゃなくなる?やめてくれよ。
君が僕との時間を捨てると言うなら、僕が君を捨てるさ。
どうして君なんかのために僕が力を失わなきゃならないのさ。
あぁ残念だ。本当につまんない。
まあ、でもさ、君は素直でお調子者でここしばらくはずっと楽しかったから
君が呪文を唱えてから命を失うまでの刹那、最後に幸せな夢を見させてあげたんだ。嬉しいだろう?
僕はまた誰かの杖になるよ。
君じゃなくてそいつを偉大なマジシャンにしてやるさ。
僕の思い通りに操ってね。
それじゃピエール、、、、、さよならだ」
そういうと杖は コォォォ って乾いた風のような音を鳴らし始めた
すると頭を布で覆った酷く背の低い怪しげな男がどこからともなく現れて
床に落ちていた杖を拾い上げ、またどこかへ消えていった
時が戻ると信じて呪文を唱えたピエールは
その瞬く間に、自らの命を奪われたのだ。
翌日、いつもの時間になってもパン屋に現れないコピーヌを心配した街の人が
恐る恐るできあがっちゃいないピエールの劇場にやってきた。
そこには冷たくなった二人が重なって倒れていた。
悲しそうな顔をしたコピーヌを抱きしめるように倒れていたピエールは
どういうわけか幸せそうな顔だったという。
二人を哀れに思った街の人は、二人揃って街はずれの森の奥に埋葬してあげたのだという。
傍に落ちていた折れた木の棒は 確かピエールがいつも持っていたから
これも一緒に埋めてやろうと誰かがつぶやいた。
二人は今もその墓石の下で眠っているらしい・・・
【O】 そいつがどこにあるのかだって?
ずいぶん時が流れてしまったからね。
二人がどこにいるのか今ではよくわからない。
ところで 昔からマジシャンが死ぬことを
ブロークンウォンドというそうだ。
もしもいつだって木の棒を振り回しているマジシャンがいたら
その棒を決して折ってはいけないよ。
それはただの棒ではないかもしれないのだから。――――――
おじいさんは絵本を閉じてカーラにはなしかけました。
悲しい悲しいお話だ。今から100年ほど前の物語なんだよ。
おじいさんが子供の頃、村の神父さんに教えてもらったんだ
昔から魔法の杖で身を滅ぼしたという悲しいお話は、
世界のあちこちに残っているんだ。
大人になっておじいさんが絵を習いはじめたころ、そんなお話を絵本にしたんだよ。
マジシャンの間では知る人ぞ知る小さな物語さ。
だから世界中のマジシャンはあまり杖を使いたがらない。
古い古いマジックを演じる時だけにしてあとは指を鳴らしたり手をかざしたりするだけさ。
国一番のマジシャンだって、呪文一つ唱えやしない。
もし魔法の杖だと言って棒を振りながらマジックをしているやつがいたら
そしてそいつがピエールという名前だったのなら、それは、、、
カーラ、お前はピエールの夢の中に紛れ込んでしまったのかもしれないね。
さあ、おやすみ。カーラ
明日は本物のマジックショーを見に行こう
ピエールよりずっとずっと素晴らしいやつを。
その夜カーラはどうしても眠ることができませんでした。
あれは本当に夢だったのかしら。あたしが見たマジックはみんな嘘だったの?ピエールのマジックはそれなりに不思議だったしコピーヌはとっても優しかったのよ。
もう一度会いたい。あの二人に。たとえ夢の中でも。
あの二人が死んでしまっていたなんて。
ピエールが、いいえコピーヌがとってもかわいそう。
どうしたら、ピエールの夢がずっとずっと続くのかしら。
どうしたら、コピーヌがおいしいパンを食べられるのかしら。
そうだ、絵本の最後!
カーラはとっても不思議なことをひらめいたのです。
こっそりベッドを抜け出したカーラはおじいさんの部屋に行きました。
そしてまだ机の上に置いてあったさっきの絵本を膝の上にのせると
最後の方を何度も何度も右へ左へとめくりました。
そうして大きくうなずきました。
ここよ!
ここさえなければ!
ここさえなければ ピエールとコピーヌはずっと幸せに暮らせるはず!
カーラは絵本の、ある一枚をギュッとつかむと
力を込めて破り取ってしまいました。
そしてそれをカーラは窓の外に投げ捨ててしまったのです。
窓の外は強く冷たく乾いた風が吹き荒れていて
破られたページは その風に乗って遠く、遠くに飛んで行ってしまいました。
カーラが破ったページには 小さく 【N】 と書かれていて
その裏側には 二人が眠るお墓の絵が悲しげに描かれていました。
悲しげなページは悲しげな風に舞い、そのうち、遥か西の海の上までやってきて、やがてその海に沈んでゆきました。
カーラはそれから、ページが破れた絵本を本棚の一番下の奥の方に入れてしまいました。
きっとこれで大丈夫。きっとこれで ずっとずっと夢は醒めないわ
どこにあるのかわからない素敵なバルで
魔法が使えなくなった杖を振りながら
ピエールとコピーヌは幸せに暮らしているはず。
夢の中でならきっと二人に会えるはず
もちろん偉大なマジックを見ることはもう二度と決してできないだろうけれど。
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