第1章 リヨン  1998年

リヨンはママと一緒におばあちゃんの家に遊びに来ていました。

お部屋にあった積み木で遊んでいると 手からこぼれたまあるい積み木がころがって本棚の一番下にある重たい本の、どういうわけかその上に入り込んでしまったのです。

 なんとか積み木を取ろうと覗き込んで手を伸ばしたけれど 積み木はよけいに奥へところがり本の後ろに落ちてしまい4歳のリヨンには手が届きません。リヨンは少し考えて本をひっぱり出すことにしました。

たくさん並んでいる重たい本を、一冊また一冊と出していると

積み木は奥からコロコロと転がってきました。

 そのとき本棚の奥からパタンと音がして本が一冊倒れてきたのです。

それは埃をかぶった古い古い絵本でした。

あれ?このおはなし、ママに読んでもらってないよ。リヨンはね、絵本が大好き。

積み木のことなんかすっかり忘れて埃が被ったままの絵本をつかむと

ママの所へ走ってゆきました。

「あら?こんな絵本初めて見たわ。それにしてもずいぶん古い絵本。

ひょっとしたらおばあちゃんのものかしらね。」

ママは編みかけのマフラーを片付けて

リヨンに絵本を読んで聞かせてあげることにしました。


【絵本 ピエールと 魔法の杖】


【A】 マジシャンのピエールは毎日ルヴイ師匠の酒場で芸を見せていた。

お客の注文する酒を出してはマジックをお見せするそんな珍しい酒場。

うぬぼれ屋のピエールは、成功するとご機嫌だったが

失敗すると必ずお客のせいにして、いっつも喧嘩になった。

ルヴイ師匠からは、そういうところがお前の弱点だって教えられていたのだけれど、ちゃんと見る気のない客の方が悪いのさってピエールは思っていたから、当たり前だけどちっとも売れなかった。だからピエールはみんながびっくりして、いっぱいほめて、しかもチップがバンと弾むような芸がしたくって、ある日マジック道具の市場に出かけていった。

古い教会の裏で、何人もの男どもが敷物の上にいくつも道具を並べて客引きをしていた。

天使が描かれた綺麗で品の良いトランプカードやぴかぴかでかっこいいイヌワシのコインや意味ありげにバフォメットの魔法陣が描かれたベルベットの布袋だとか素敵な道具がたくさんあったのだけれど、ピエールには稼ぎがないから手が出せない。

 いや本当のことをいうと前の晩、やっぱりマジックの途中でお客と喧嘩してむしゃくしゃしたまま街はずれの知らない酒場にふらっと入り

そこでやけ酒をたらふく飲んでたんまりお代を取られちまったから

カバンにもポケットにもお金なんてほとんど残っていなかったんだ。

仕方がないから帰ろうかと考えていると、頭を布で覆った酷く背の低い怪しげな男がやってきて

「あんたにふさわしい魔法の杖がある。天才にしか扱えない代物だ」と

どこから喋っているのかわからないようなしゃがれた声で言って

見慣れない木の棒を差し出した。男はツーンと嫌なにおいをさせていたけれど、元来おだてに乗りやすいピエールだったから天才なんて言われて

ついつい残っていた有り金を全部渡し、魔法の杖というよりただただ真っ直ぐで細いその木の棒を買ってしまったんだ。

 その棒は近頃の楽団長がもっている指揮棒ってやつくらいの長さしかない。

胡桃とマホガニーで出来ていて綺麗に塗が施してあったけど、全く魔法の杖っぽくない。

どこかのおとぎ話のように不死鳥の羽やドラゴンのヒゲなんかで出来ちゃいない。

他のマジシャンは絶対に買わないような細い木の棒。

でも、ピエールが手に入れたこの端から端まで真っ直ぐな、どう見てもただの棒こそが、正真正銘、本物の魔法の杖だったんだ!


【B】 ピエールはおんぼろなおうちに帰ると早速その杖を振ってみた。

さっきの市場で見たかっこいいぴかぴかのコインが欲しかったからだ。

あのコインでマジックをしたらきっとみんなが喜ぶぞ。

ポケットにある黒くなったサンチーム硬貨じゃマジックが安っぽくみえちゃうもんな。 

だけど、いくら魔法の杖を振ってみてもコインは出てこない。代わりにどこかから声が聞こえてきた。

「おいおいピエール。君は杖の振り方も知らないのかい。そんなんじゃ君の欲しいコインは一枚も出せないね。」

「だれ?どこにいるの?」

辺りを見回しても誰もいない。いるわけがない。だってここは自分の部屋だ。

「おいおいピエール。今君が手に握っているじゃあないか!」

「え?まさか!、、、この棒が、、、棒がしゃべっているの??」

コツン!痛っ

「棒じゃない。マジックウォンド。魔法の杖さ」

そう言ってピエールの頭をかなり強めに叩くとさらに続けて言った。

「こうやるのさ、簡単だろ」

魔法の杖はピエールの頭上でヒュッと揺れた。

手にはぴかぴかなコインが一枚握られていた。

「え?え?え?」

ピエールは目を真ん丸にしてコインを眺めた。

ぴかぴかで かっこいい、さっき見たコインだ!

そして口をあんぐりあけたまま 杖に言った。

「本物の魔法の杖なんだね?!」


【C】「あたりまえだろ。僕なら大抵の魔法が掛けられる。これから僕をウォンドって呼びたまえ」

そこでピエールはさっき市場でワインをこぼされ赤く汚れていたハンカチを出して言った。

「ほんとに?じゃあウォン、、ドォ、、さん、、、このハンカチの色を変えてみて!」

「”さん”は要らないな。色変わりの技だね。お安い御用さ。僕を回してごらん」

「う、うん。えーと、、こ、こうかな。--あぁっ!」

手が滑って魔法の杖を落としてしまった。

「勘弁してよピエール。君は杖の廻し方も知らないのかい?そんな廻し方じゃ何色にだって変えられないよ。」

「棒を回すのって難しいんだ」

コツン!

「棒じゃない。マジックウォンド。魔法の杖だっていったろ」

そう言ってピエールの頭をかなり強めに叩くとさらに続けていった。

「こうやるのさ。簡単だろ。」魔法の杖はピエールの胸の前でくるりと回った。

ハンカチは洗いたてのように真っ白に変わっていた。

「すごいね!でも、、、」

ハンカチのしわが全く取れていないじゃないか。ピエールはそう言おうとしたけれどやめておいた。

それを言うとまた コツン! ってやられそうだったから。

「でも、何だい?」「いや、その、、なんていうか、、、えーーと。。」

ピエールは杖を握りしめて言った。「トレビアーンだねっ!」


それからピエールはルヴイ師匠の店で毎日毎日杖を振ったり回したりして

不思議なマジックをお客さんに見せた。コインを出したり、クルミを消したり、ハンカチの色を変えたり、客が行きたい旅行先を当てたり、トランプカードの中からエースだけを取り出してみせたり。

魔法の杖を使ったマジックは失敗をしない。

お陰でピエールはいつだって気分が良かったものだからいつの間にか客と喧嘩をしなくなったんだ。

いつだって街のみんなをびっくりさせたからもらえるチップもどんどん増えたんだ。

となり街のとなり街の、そのまたとなり街まで評判になって

ピエールはいつのまにかトレビアーンなマジシャンって呼ばれるようになった。もちろん毎日、杖に頭をコツン!って叩かれていたけれど。


【D】 そんなある日、コピーヌがそれを見にやってきた。

曲がったことが大嫌いな、パン屋で働く女の子。特別美人じゃないけれど

決して嘘なんかつかない真っ直ぐな樹のような子だって街では有名だった。

マジックなんて嘘っぱち。どーせ種があるんでしょう。

たとえ種がなくたって、どんなに不思議と言ったって

パンがふっくら膨らんで お菓子が美味しく焼きあがる。

そっちの方がコピーヌには不思議で楽しいことだった。

そんな女の子だからマジックなんてすこしも見たくはなかったのだけれど

一緒に来てくれたら美味しいシチューをごちそうするからって友達のマーヤが言うから

コピーヌはしぶしぶマーヤとマジックを見にやってきた。

しぶしぶやってきたコピーヌだったけど、酒場で楽しそうに

カードを混ぜてるピエールを見ているうちに、なんかいいなって思ったんだ。

マジックを観ているみんなが驚いたり笑ったり手をたたいたりして楽しそうだったから。

それにみんなは気づいてないけれど、「ウォンド」って呼んでる木の棒と

時々おしゃべりしてるみたいで、コピーヌにはそれがとても面白かった。

この人にとってマジックは 私にとってのパンなのね 

とっても素敵で とっても大好き。とれびああん。うふふ。


ところがピエールときたら、じーっと見つめる大きな黒い目のコピーヌが

どんなマジックの種でも見破りそうだったから怖くて仕方がなかった。

ねェウォンド。あの娘はどうしてこっちをにらんでるの?マジックが嫌いなの?君の魔法であの娘をここから追い払える?

マジックを全部見破られそうだ。ウォンドの秘密もばれちゃうよ。


あぁ、もちろんできる。僕は魔法の杖だから大抵のことはできるのさ。

でもあの子を追い払うのは止めた方がいい。君はいつも通り笑ってマジックをやってな。

なぜかって?それは、、、


ーあの子はきっと君の事を好きになるからー


魔法の杖にとって少し先のことならお見通しなのでした。


【E】 それから素敵なクリスマスが2回も過ぎたころになると

先のことがお見通しだった魔法の杖でさえ驚くほどピエールとコピーヌは仲良くなって、周りのみんなに祝福されながら結婚をした。ピエールはどんどん人気者になってマジックの腕をぐんぐんあげて、やがて一度は国で一番のマジシャンになった。

 国王さまから天下で一番という意味の賞をもらい、その素敵な盾を酒場の一番良く見える所に飾っておいた。

そのころになると魔法の杖に頭をコツンと叩かれることも、もうなくなっていた。

杖を自在に操るピエールに失敗なんてありえない。

どんな不可能に見える技も容易くやってのけるようになっていたんだ。

 かわりにピエールは、自分の腕を自慢するようになっていった。

マジックをちゃんと見ないお客の頭を、持ってる杖でコツンと叩く。

ちゃんと見ろ、見破ろうとするな、トレビアンと言え

他のマジシャンの悪口まで大きな声で言うようになった。

馬鹿だ下品だ下手くそだ、種を明かすな、マジシャンの行く末を考えろ。

そのくせ、他人のマジックの種はすぐにばらして笑いものにした。

ホウダンなんぞただの機械バカ。夜会服なんか着て格好つけやがって。

人気者だか知らないがマラブルの一座なんてただの大道芸だ。

一番稼いでいるのはこのピエールだ、ピエールこそがマジック界に革命を起こすのさ。

だれより多くの人間にマジックを見せているのはこのピエールなのさ。


数年も経つと街のみんなはピエールのマジックなんか見ないようになった。

やってることはとっても不思議 だけど見てると疲れちまう。

この国いちのマジシャンさ。だけど他人の悪口ばかり。

知識も道具も最高さ。だけどとっても偉そうだ。

これじゃあ昔のピエールに逆戻り。


【F】 ある日ピエールは酒場の師匠と大喧嘩をした。

こんなにトレビアーンなマジックをしているのに、どうして僕が凄いって認めてくれないんだ。どうしてこんなに客が少ないんだ、たくさん客を集めてくれないのは師匠が怠けているからだ。

ついにピエールは酒場を辞めて別の街に自分だけの劇場を造ることにした。

だけど、職人さんにも偉そうにしてしまったからみんな途中でやめてしまって劇場なんかできやしない。もちろんお客なんて来やしない

ピエールはもう誰からも相手にされなくなっていた。

優しいコピーヌだけは離れずにいてくれたけど。


そしてピエールはとうとういろんなことが頭に来て、とんでもないことを言い出した。

そうだコピーヌ、二人でマジックをやるんだ。

みんなが驚いて誰一人文句を言えないマジックを見せつけてやろう

誰もできない ”いりゅーじょん” に挑戦しよう

例えば、、そうさ!コピーヌの胸を本当に短剣で貫いてから

魔法の杖で時間を戻せばいいのさ。

名付けて ”恐怖の剣刺しいりゅーじょん” だ!

実はこの杖はね、少しの間だったら時間を戻せるんだよ。すごいだろ!

この杖を持っているピエールだからできるマジックさ


大丈夫だって!ほんの少しの間だけなんだ。

そりゃあ痛いし苦しいだろう だけど!

本物の血じゃなきゃ客は信じない。

君が苦しむ姿をみんなが見て不安になる

それから魔法の杖で時間を戻すのさ。

頭の悪い連中にはこれくらいざわざわするものを見せてやらなくっちゃ


【G】 死んだはずの君が何事もなかったように立ち上がった時

みんな口をぽかんとあけて言うんだろうな!

素晴らしい!トレビアーンだ!ピエールは本物の魔法使いだって!


ねえ、ピエール。どうしてみんなを悪く言うの?どうしてそんな恐ろしいことできるの?

もっと別の何か、みんなが笑顔になるマジックの方がいいんじゃない?

もっと別の何か、みんながジーンと泣くマジックの方がいいんじゃない?


僕を解ってくれよコピーヌ!そんな生ぬるいマジックじゃもうだめなんだ。

僕のすごさを思い知らせるにはそれくらいやらなきゃならないんだ。

僕はこの国一のマジシャンなんだ。

僕ほどマジックの上手い奴はいないし

僕ほどマジックの歴史を知っている奴もいない。

僕が今までのマジックを全部種明かししてぶっ壊してやるさ

僕には本物の魔法の杖があるんだ。ほら、ウォンドっていうんだ。

僕のような天才にしか扱えない世界でたった一本の杖なんだ。

僕こそが。僕だけがっ。究極のマジシャンになれるんだ!


いつの間にか魔法の杖と全く同じ声でわめくピエールをコピーヌは冷たく見つめて言った。


ねぇ、ピエール、あなた誰のためにマジックをやっているの?

あなたは自分を褒めてほしいからマジックをしているの?

だったら誰もいない鏡の前で 自分で自分を慰めていなさいよ!

その言葉を聞いたとたん ピエールは大きな声でわめき

我を忘れ 取り乱し 持っていた杖でコピーヌを思い切り殴ってしまった。

うるさいっ 僕を馬鹿にするな!

それは コツン なんてもんじゃなかったんだ。


【H】 やめて!ひどいことしないで!

コピーヌは逃げようとして思い切りピエールを突き飛ばした。

ピエールは壁にぶつかって倒れ そして 杖は、ボキリと折れた。

杖は杖じゃなくなった。棒でもなくなった。まるで槍のようだった。

折れて槍のようになった棒をみたピエールは、顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりして、しばらくは床が抜けるほどどんどんと足を鳴らしていたけれど

そのうちぴたりと動かなくなった。

そうして一体どこを見ているのかわからないような目でぼんやりとコピーヌの方を向き、いままで誰も聞いたことのない低い声でつぶやいた。


よくも僕を折ったね。。おまえも、、、、


こ わ し て あ げ る


コピーヌは怖くなって叫んだ  「あなた 誰?」


槍になった木の棒はピエールの手からヒュンッ と飛び出して

コピーヌの胸に突き刺さった コピーヌは床に崩れ落ちて

そのまま、、、、、

ピエールとコピーヌは 何時間も何時間も全く動かなかった。


夜が明けたころ やっとピエールは顔をあげた。

グワングワンと頭の中で大きな鐘の音が鳴ってるみたいに感じたし

鼻の奥が酸っぱく感じた。頑張って目を開けてみると

苦しそうに目を閉じて 胸からたくさんの紅い血を流している

コピーヌの姿が目に入った。

その胸には 杖が刺さったままだった。


【I】 「コピーヌ??あぁコピーヌ!一体どうしたっていうんだっ」


ピエールがひざまづいてやっとの思いでコピーヌを抱き上げたけど、もうコピーヌの息はなかった。

どんなに泣き叫んだってコピーヌは冷たい冷たいからだのままだった。

それはまるで 氷のようで 抱きしめているピエールまで冷たくなってしまうようだった。


ピエールはコピーヌの胸から折れた棒をゆっくり抜き取った。

ぶるぶる震える手でわんわん泣きながら

何度もその折れた棒を振ってコピーヌに魔法を掛けようとしたけれど

死んだ人間を生き返らせることなんて 折れた棒じゃ無理だった。


と その時、魔法の杖の声がピエールの後ろの方から聞こえてきた

「あー、危ない危ない。この僕が折れてしまうところだったぜ」


手に持っている折れた杖からではなく 後ろの方から届く声

ピエールは頭がこんがらがりそうになりながらも

汚れた袖でガシガシ涙を拭いて声のする方をみた。

どういうわけか床に 折れていない魔法の杖があって しかもぴかりと光るほど真新しかった。


「え?どうして?なんで?これは何?」

「うーん。君の頭でもわかるように種明かしすると、なんていうの?分身って言うの?

僕は魔法の杖だよ。少し先のことならお見通しさ。

さっきはあいつのせいで僕自身が折れてしまうと解ったからね。

その前にもう一つの杖に別れていたのさ。そっちの折れた方はもう用無し。

ただの折れた棒さ、魔法なんてかけられないぜ。

さ、ピエール。トレビアーンな ”いりゅーじょん” をやるんだろ!

早く僕を拾い上げてくれよ」


【J】 「よかった!君は、、ウォンドは無事だったんだね!魔法はまだ使えるの?」

「もちろん」

ピエールは杖を握りしめ、上ずる声で言った。

「よかったぁぁぁぁ!ありがとう!ねぇコピーヌが大変なんだ。

早く時間を戻しておくれ。コピーヌを戻して!生き返らせておくれよ!」」


それを聞いたウォンドは、うんざりして、そして何の興味もなさそうに冷たい声で言った。

「ピエール。それは無理だ。何時間も戻すことは僕でもできない。

あいつは死んだ。死んだ人間を生き返らせることは魔法だってできない。

それによかったじゃないか。君のやりたいことを邪魔しようとした。

もう、用はないだろ?いらないものは捨てればいいのさ。

なあ、それより早く ”いりゅーじょん” をやろうぜ。街のみんなを驚かせてやろうぜ。」


ピエールは絶望で手にしていたウォンドをまた床に落としてしまった。

頭の中でグワングワンと大きな鐘の音がまた鳴りはじめた。

痛くて苦しくて立っていられないくらい胸を締め付けられた。

そうしてコピーヌの冷たい身体を抱いたまま泣き続けた。


「なあ、早く僕を拾ってくれよ。なあ。。

ピエール。いつまで泣いてるのさ。もう無理なんだって

時間を戻せるのは数分だけなの。数分戻したら戻す前の時間になるまでその魔法は使えない

ってことで、もう二度とそいつは生き返らない。もしも生き返らせたら僕は魔法の杖じゃなくなる」


【K】 「どういうこと?」

「だーかーらー。もう二度と魔法を使えなくてもいいなら時を巻き戻すって手があるけど、それ以外なら無理ってこと!」

「!!!という事は時間を戻せるってことだよね!!

お願いだ。もう魔法なんか使えなくてもいいんだ。コピーヌを戻してよ」

「なんだって!冗談じゃないぞ。

巻き戻すっていうのは、マジックでちょっと時間を戻すのとは訳が違うんだ。

これまでの時間を全部消しちゃうってこと!

君と僕が出逢ったあの日にまで戻っちまうってことなんだよ。

そんなことすればぜーんぶなくなっちまうんだぞ。

そりゃ、あいつも生き返るさ。でもあいつは君のことなんか覚えちゃいないぞ。君だってあいつのことを忘れるんだぜ。

それにさ、全部なくなって君が魔法を使えなくなっちゃってもそれはどうでもいいよ。

でも僕が魔法の杖じゃなくなって、ただの棒になってしまうんだぞ?!

それは絶対に嫌だ!それだけは絶対に嫌だよ。だからさ、もうあいつは諦めて、、」

「お願いだウォンド、、コピーヌを生き返らせてほしいんだ。」

「・・・もう一度言うよ?君もあいつを覚えていないんだぞ?」

「うん、それでもいいんだ。」

「・・僕と一緒に過ごした日だって一緒に忘れちゃうんだぞ。」

「お願いだ。」

「僕が魔法の杖じゃなくなってもいいの?」

「ごめん。」

「本気なんだね?」

「本気だよ。コピーヌを愛しているんだ。」


しばらく黙ってから杖が何かを決意したように言いました。

「・・・・・・そう。。。わかったよ。ピエール。その代りにせめてさ、、

僕のことをずっと持っていてくれないか。ただの棒になってもさ。」

「もちろん、約束するよ。絶対に手放さない。」

「ありがとう。」

そういうと、杖はピエールに時を巻き戻す特別な呪文を教えた。


「時よ戻れ。時よ戻れ。汝手にしたあの日まで」

りわいんだらくろのす りわいんだらくろのす

だでいだでい れーどいすとりあ


【L】 月日は戻り、、、、

まだ若いピエールは街の酒場で芸を見せるマジシャンだった。

上手くもなければ新しくもない誰でもできる簡単なマジックを演じていた。

真っ直ぐな樹の棒をくるくる回しちゃいるが、魔法というほど素敵なことはなにも起こらない。

せいぜい客の選んだカードを上手くすり替えて驚かせるくらいで

いつも偉そうにしていたから少しも人気はなかった。

マジック道具の市場に出かけたって稼ぎがないからコイン一枚買えやしない。

新しい商売を始めて忙しくしてる師匠の代わりに、酒場の主人として仕事をすることになったけど、いっつもお客と喧嘩をしてた。

「このピエールが下手なわけがない。客がバカなんだよ」


そんなある日パン屋のコピーヌが友達に誘われてしぶしぶマジックを見にやってきた。

嘘を付いてもばれそうなコピーヌの大きな目を見たピエールは

マジックを大失敗して客から大笑いされてしまったのだけれど

コピーヌは何故か不思議なことにピエールのマジックじゃなくて顔ばかり見ていた。

あー私はこの人と結婚するんだろうな。絶対そうなる。この人ちっとも素敵ではないけれど、なんだかとっても懐かしい。なんでだろう。


やがてコピーヌは、ピエールがマジックにだけは一生懸命なところに魅かれ

ピエールは、コピーヌの真っ直ぐで純粋なところに惹かれ

周りのみんなはとっても驚いたけど とうとう二人は結婚をした。

そのうちピエールはルヴイ師匠の勧めで自分のための小さなマジックのバル

”まじっくたいむ” を始めることにした。もちろんコピーヌと二人で。

街の中にはピエールとコピーヌが大好きな常連客も少しだけ現れた


【M】「なあお客さん。こっちが一生懸命やってる時に

種がわかったとかいうんじゃないよ。どーせ見間違いなんだから。」

コツン!

「お客さまに向かってなんてこというの!笑顔でやりなさい笑顔で!」

ピエールが偉そうにするたびに コピーヌは棒を奪って

その頭を叩くのでした。


「なあコピーヌ。またマジックを失敗してしまったよ。最近流行りのマジシャン、マリークやセリル、あの人たちみたいに格好良くできないんだ。」

コツン!

「自信を持ちなさいな!あなたにはあなたにしかできないマジックがあるのよ!」

ピエールが落ち込むたびに コピーヌは棒を奪って

やっぱりその頭を叩くのでした。


絶対に魔法なんかかけられそうにないただの棒で頭をコツンと叩かれるたび

少しづつ少しづつピエールは立派なマジシャンになっていった。

「お客さん!たいしたマジックは出来ないけど、一生懸命やるからさ

魔法の時間を体験していっておくれ。驚いたときはトレビアーン!っていってよ。」


客が尋ねたことがある。

「なあピエール、どうしてお前はその何の役目もないただの棒を使うのさ。他のマジシャンはそんなもの使わないぜ」

「う~ん、そうなんだけどね。絶対にこの棒を手放さないって 誰かと約束した気がするんだよね。」


いまではピエールがマジックを見せて稼いだお金をもって

コピーヌと二人で国じゅうの美味しいパンを食べに出かける。

そんな日々を過ごしているらしい

ピエールは相変わらずただ真っ直ぐな樹の棒を振り回しちゃいるけれど

ちっとも売れていないしちっとも偉大じゃないけれど

二人はとても幸せそうでとても楽しそう

今日も仲良く ”まじっくたいむ” でお客さんと一緒に笑い合っているらしい・・・


【O】そいつがどこにあるのかだって?ずいぶん時が流れてしまったからね。二人がどこにいるのか今ではよくわからない。

ところで 昔からマジシャンが死ぬことを ブロークンウォンドというそうだ。

もしもいつだって木の棒を振り回しているマジシャンがいたら

その棒を決して折ってはいけないよ。

それはただの棒ではないかもしれないのだから。


【絵本 ピエールと魔法の杖 完】


ママが絵本を読み終えた頃、リヨンはすやすや眠っていました。

ママは思うのです。今頃夢の中でリヨンはピエールのマジックを観ているのかもね。

それにしても素敵なお話。

魔法の杖がずいぶんあっさり身を引いてくれたことが 少しだけ気にはなるけれど 

きっとピエールの ”愛” の力に心を動かされたのよね。そうなんだわ。

”まじっくたいむ” が本当にあったらいいのに。私もピエールのマジック見てみたいな。


ママはリヨンの頬に軽くキスをすると

何気なく絵本をめくりました。そして不思議なことに気が付いたのです。


あら?

さっき読んだときには、少しも気付かなかったけれど

【N】のページがない、、、わよね?

【M】の次に、、、、【O】がある!

まさか抜け落ちているの?だけど物語はおかしなこともなく、、つながっている。。

ひょっとしてNをOと書き間違えたのかしら?


でもママがよーく見てみると【M】と【O】の間に、ページの破られた跡が

かすかにあることを見つけたのです。

どうやら 間違いなく【N】があったようなのです。

「ねえ、母さん。この絵本って母さんのもの? 今日ね、リヨンが本棚から見つけたの。

素敵なお話だけど、1ページ破れていてどこにもないのよ。

それなのに物語は繋がっているの。何か知ってる?」


それを聞いたリヨンのおばあちゃんは少し驚いて

「あらあ!よく見つけたわねぇ。

それは私のおじいさんが描いた絵本なの。私も子供のころに読んだわ。」

といいながら絵本を手に取った。

全てのページを懐かしそうにめくりながら、まるでいたずらっ子のような笑顔で言った。

「そうそう、最後の一枚が破れてたでしょ。そこには素敵な絵があったのよ。

あまりにも素敵だから誰かが破り取ってしまったのかもしれないわね。」


おばあちゃんはその時、ほんの少しだけ嘘を言いました。

それから絵本の最後のページを見つめながら

自分が小さな子供だったころを懐かしげに

そしてすこし悲しく思い出していました。

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