第6話 失敗作の悪魔

「さて、久々に血が踊りますなぁ」

 マルクスは仕込杖となっていたそれを引き抜き、鞘を後方へ捨てた。

 ミラは視線こそ布で覆われてるためわからないが、こちらの動きを窺っているように見える。

 こっちから仕掛けなきゃ始まらん、ってことか。

「創製魔法、グリンガムの剣」

 俺は地面に描かれた魔法陣から血塗られたような剣、グリンガムの剣を引き抜く。

 久々の剣術戦、右肩の負傷も合わせると明らかにこちらが不利だが、リアがいる分頼もしさはある。

 睨み合いが続く。そしてこの緊張状態を先に破ったのはミラだった。

「魔力、解放」

 瞬間。

 静かで、それでいて荒い空気が流れる。

 あああっ、と呻き声をあげながら、ミラの姿は変わり果てていく。

 その圧倒的な恐怖や不安に、俺やリアは動くことができなかった。

 ミラは腕のような羽が背中から生やし、ほどけた布の向こうからは目を合わせただけで精神を破壊しそうなほど狂った目がこちらを覗いている。

 ふーっ、ふーっと荒い息をたてるそれは、もはや悪魔そのものだった。

「ヒューズ……これって」

「賢者の石は本来生成すら禁忌とされている、ましてその魔力をただの人間に流し込むとなると」

「罰を受ける、ってわけね」

「しかしあのマルクスとかいう爺さんはなぜ平静にいられるんだ……? 」

「とにかく、やるしかなさそうね」

「あぁ」

 俺はグリンガムの剣を握りしめ、悪魔に向かって走り出す。

「反射魔法」

 まるで自信をピンボールのように反射させ、悪魔の周りを縦横無尽に移動し続ける。

 そして背後をとらえた瞬間に悪魔へ向かって剣を突き刺した。

 このグリンガムの剣は、血を吸い、成長する。

 つまり刺した相手が生き物だった場合、血がなくなるまで血を吸い続けるのだ。

「あがっ、がっ、がっ」

 悪魔は苦しみつつ、こちらの位置を確実に認識し、腕を振るう。

 ぐっと俺の横腹に鈍い衝撃が伝い、俺は地面へと叩き落とされた。

 ただ腕を振っただけでこの威力かよ、と思うほどの衝撃。

「電撃魔法、ゼウスの怒り! 」

 今度はリアが魔法を放つ。

 凄まじい音とともに繰り出された電撃は、悪魔の腹部に命中した。

「がっ、ががっ、あ……」

 するとどうだろう、悪魔は溶けるように形を崩していき、その生命活動を終えた。

 あまりのあっけなさに呆然としていると、マルクスが小さな声で言った。

「ふむ、四百六十二番も失敗でしたか」

 その一言を、俺は聞き逃さなかった。

「失敗? ……まさか」

「ほっほ、なにを勘付いたかわかりませぬが、今から死ぬ者には関係のないことでしょう」

 ざっ、ざっと一歩ずつ地面を踏みしめてこちらへ向かってくる。

 だが俺にはもう、ほとんど魔力は残っていない。

 そしてそれはリアも同じだろう。

 動くことすらままならない身で、ただマルクスがこちらへ向かってくるのを見ることしかできなかった。

「さようなら、魔術師殿」

 剣が、俺に向かって振られた。

 が、その刃を受けたのはリアだった。

「リア!! 」

「庇っても同じこと、いずれは消える小さな灯火でしかないでしょう」

 リアは黙ったまま、血を大量に流し続ける。

 そして、マルクスが剣についた血をはらうと同時に、リアが口を開く。

「勝利を確信した顔だね」

「なんですと」

「電撃魔法!! 」

 至近距離で放たれた魔法は、マルクスに見事命中した。

「私、死なないんで、悪かったね」

「これだから……戦いは止められない」

 そう言ってマルクスは地に倒れこんだ。

 次第に辺りを覆っていた要塞魔法も形を崩していく。

「リア……すまない」

「そんなことより、まずは傷を手当しなくちゃね」

「あぁ、そうだな」

「空間交換魔法! 」

 瞬く間に俺とリアの体は光に包まれ、モルンと出会った森へと転移した。

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