第3話 もふもふ

 木々の間から零れる陽の光と、爽やかで透き通った風が春らしさを伝える。

 森の中に唯一残る人間の痕跡、あぜ道がまだこの森にも頻繁に人が通ることを教えてくれる。

「日が落ちる前には抜けたいね」

「そうだな、まあまだ昼だしゆっくりいこう」

 最初、出会ったころは揃うことなどなかったリアとの歩幅はすっかり揃ってしまって、そういう小さな幸せを積み重ねて日々を紡いできたんだなと実感する。

 だがそれと同時に、生きてるわけでも死んでいるわけでもない体が横にいる、という少しの違和感がふつふつと湧きあがる。

 そしてその違和感を押し殺してまで、俺はリアと共有している時間に溺れるんだ。

「止まって」

 リアの言葉が俺らの歩みを止める。どうした、と聞くことはしない。声のトーンが明らかに警戒しているトーンだったからだ。

 耳を澄ましても、木々や草花が揺らめく音や鳥が鳴く音しか聞こえない。

 いくらか時間をおいて、俺は声をだしてみた。

「なにも……ないけど」

「えいっ」

 リアは本当に小さな火の玉を右斜め前方へ放つ。すると空中に火が付き、くるくると回りはじめたのだ。

「あわわわわあついあついよ」

 聞きなれぬ幼げな声。次第に火の周りが周囲の景色から浮きだす。そう、透明だったものが透明でなくなったのだ。

 姿を現したのは毛むくじゃらでまんまるな生物。くりんくりんな大きい目と口からぺろっとでた舌。

 まるでなにかのマスコットキャラクターのようなそれは、自身のお尻に点いた火を鎮火させてふぅふぅと息をする。

 やがてこちらを見て、言うのだった。

「なんで火をつけるんだよぉ! 」

「ふふ、ごめんね」

「むむっ、ちみらニンゲンなのに魔力を感じるぞ」

「あ、気づいた? 」

 リアとけむくじゃらはなにやら楽しげに、まるで台本に沿うかのように話し始めた。当然俺はそこに入っていけるほどの話力を持ち合わせてなどいないのでじっと黙っているが。

「ニンゲンなのかマゾクなのかどちなんだよぉ」

「さぁ、どっちでしょうか」

「なんでいじわるするんだよぉ! 」

 ふふふっ、と口元に手を当てて笑うリア。さてはからかって楽しんでいるな。

「じゃあ君が何者か教えてくれたら教えるかも」

「おいらかい、おいらはモルンっていうんだ」

「モルン」

「そう、今おいらを助けてくれる優しいマゾクを探してたところさ」

「なんで透明になってたの? 」

「おいらの一族は皆透明化できるんだ、まあちみらには無理だろうけどね」

「ふーん、そうなんだ」

「おいらの故郷がニンゲンに滅ぼされたんだ、おいらたちなにも悪いことしてないのに……」

 その一言で、リアの表情が変わった。

「その話、詳しく聞かせてほしいな、もしかしたら協力できるかもしれない」

「ほんとかい! 実は昨日、この森の深くにあるおいらの故郷の集落がニンゲンに焼かれたんだぞ」

「人間に……」

「そして長老やおいらの妹がヒトヂチとやらでさらわれたんだぞ、許せないんだぞ! 」

「どんな人間だった? 」

「黒い鎧をつけたやつを筆頭に、皆胸にまるまったトカゲの紋章をつけてたんだぞ」

「うんうん」

「おいら妹たちを助けたいけど、おいらだけじゃ戦えなくて助けてくれるマゾクを探してたんだぞ! 」

「よーっし、じゃあ私たちもお手伝いしちゃおうかな、いいでしょヒューズ? 」

「ま、リアがそうしたいなら」

「い、いいのかニンゲン! 優しいニンゲンで助かったよぉ! 」

 リアは真剣な顔で俺の目を見て、うなずく。言いたいことはわかる。まるまったトカゲの紋章っていうのが、ウロボロスを示していること。

 つまりは今朝追われてたドクや森の入口にいたベアキラー、そして街中で鉢合わせた騎士長もすべてウロボロスを国章とする国家ベリアルの兵隊達が、このモルンの故郷を襲ったってことだ。

 どうせベリアルには用があった。今日はそれが果たせなかったが、遅かれ早かれ戦いになることはわかっていた。

 それが少し早まっただけのことだ。

「やってやろうじゃんか」

 俺は小さく呟いて、自らが歩いてきたあぜ道の向こうに目を向け、地を踏みしめていく。

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