第2話 熊殺し
肩で息をするとはよく言ったもので、まさにそんな状態の俺らは、ふぁさふぁさの草の絨毯に腰を下ろす。
やっぱり身体強化魔法を使っても疲れるものは疲れるな。
「ヒューズ、結局本は見つからなかったね」
「仕方ないさ、またほとぼりが冷めた頃に来よう」
「次、どこを目指そうか悩んじゃうね」
「とりあえず機械兵の開発が発達してないところがいいんじゃない? 」
「じゃあルミータでも目指してみる? 」
「そんな街あったっけ」
「うん、小さな街なんだけどね」
「そこになんかあるのか」
「確か美味しいスープが飲めるらしいよ」
「……は? 」
「美味しいスープ」
「いや聞こえなかったんじゃなくて」
「もー、たまには目的なく街に行くのもいいでしょ」
「まあ……しばらくデートもできてないしな」
「じゃあ決まりっ」
「で、ここからどっちの方角に進めばいいんだ」
「あれを抜けたらすぐだよ」
リアはそういって少し遠くの森を指差す。
「結構遠くない? 」
「まあまあ」
よいしょ、と体を起こして二人並んで歩きだす。
が、どうやら俺らを休ませる気はないようだ。
森の入口には関所のような、簡易的な建物が建っていて、その両端に兵士がいる。
そして門の前にずっしり構えた機械兵。二メートルはあろう大きさで、六つの足がついている。さらに獲物を感知する眼が三つほどついているのがわかる。
遠くからでも相当な戦力があるとわかる程に、威圧を放つそれは、おそらくベアキラーだろう。
「ベアキラーかなぁ? 」
リアも同じことを思ってたみたいだ。多分そう、という意味を込めて首を少し傾げてうなずいてみる。あちゃちゃーと小さく笑う彼女からはあまり緊張感を感じない。
「ルミータは却下だな」
「でも、こっちから見えてるってことは向こうからも見えてるよね」
「そうだな」
「きっとどの方向に逃げてもなんかしらはいると思う」
「じゃあおとなしく降参するか? 」
「久々に攻撃魔法ばんばん打ちたいしいっちょやったろうよ」
「お、珍しく物騒なこと言うね」
「スープ飲みたいもん」
「はいはい、じゃあいくぞ」
俺はリアに身体能力強化魔法をかけた。すると、まるで辻風のように素早く直進し、ベアキラーとの距離を一気に詰める。
「電撃魔法! 」
街中で放ったものよりも高圧な電撃をベアキラーにお見舞いする。が、ベアキラーは何事もなかったかのようにリアへ照準を合わせてエネルギーをチャージしはじめた。
とっさにリアは上へ飛び上がって距離をとるが、まるで予測していたかのようにベアキラーの右腕についたビーム砲はリアをとらえる。
「あーミスったねーこれは」
両手をボクシングの防御のように構え、ビームに備えるとともに、俺はリアの前に防御魔法を展開する。
「モクヒョウホソク」
ベアキラーのビーム砲から、赤い電撃のようなビームがリアに向けて放出される。衝撃はすさまじく、立っているのが精いっぱいなほどの爆風と轟音が辺りに響く。
いくら距離をとったとはいえ、あの距離で食らえば普通なら命を落とすことは間違いないだろう。
普通なら、な。
煙を切るようにリアが姿を現し、自由落下しながらベアキラーへ迫る。リアの体には傷どころか、服もまるで新品のような綺麗さを保っている。防御魔法が間に合った?
違う。
彼女はほぼ不死身だからだ。
「獄炎魔法、サラマンダーの爪! 」
名前の通り、爪のように鋭く高温の炎でベアキラーは真っ二つに切断された。がしゃ、がしゃんともはやただの金属塊になったそれは崩れ落ちる。
周囲の兵士はベアキラーの敗北を見て、逃げ出そうとした。
「逃がさないよっ」
今度は変化魔法を放ち、鎧を着た勇ましい兵士たちは小さなマウスに姿を変えた。
「ま、命はとらないであげるよ、私優しいからね」
「リア」
俺は戦闘を一瞬のうちに終わらせたリアのもとへ駆け寄る。
「ヒューズ! すごくないすごくない? これも私が不死身なおかげだよねぇ」
「……」
「ど、どうしたの? 」
「確かにリアの体はほぼ不死身に近い、でもそれは体の話であって生きることへの執着を忘れてしまったらそれはもう死んでいるのと同じじゃないか」
「うっ、ごめんって」
「わかればいいんだけど、一回死ぬこと前提で行動するのはやめてほしいな」
「……ごめん」
「とはいえベアキラー倒すのはお手柄」
「でしょでしょ」
「まったく……ま、スープも待ってることだし行きますか」
「はーい」
空がまだ青く白い雲と混じり合う頃、太陽はまだ真上まではきていない。
深く茂る森の中へ、俺たちは着実に歩みを進めていく。
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