第2話 倭国とは何か?

 魏志倭人伝を開くと、冒頭に「倭人は帯方の東南大海の中にあり・・・旧百余国。漢の時朝見する者あり、今、使訳通ずる所三十国。」と続いている。邪馬台国は一つの国ではなく、三十国以上から成る連合国家の一つだったのだ。そして、その国々に住んでいた人々を「倭人」と呼び、連合国家全体を「倭」と呼んでいたようである。したがって、卑弥呼は、倭全体を統治する女王だったのである。

さらに読み進めると、倭の北の境界が見えてきた。「郡より倭に至るには、海岸に従って水行し、韓国を経て、或いは南し或いは東し、その北岸狗邪韓国に至る七千余里。・・・」

「郡」とは冒頭にあるように「帯方郡」を指している。「韓国」とは、この当時(2~3世紀頃)と言えば「馬韓」を指しているものと思われる。そして、「狗邪韓国」は倭の北岸と伝えているのである。狗邪韓国とは、後に日本が「任那」と呼んだ朝鮮半島南部の出先機関で、伽耶などと呼ばれていたようである。


「じゃあ、南の境界はどうなの?」学校から帰ってきた美知が、冷蔵庫のケーキをおいしそうに頬張りながらにわかに質問した。「それがわかれば苦労はないよ。それは父さんの誕生日に母さんが買ってくれたシャトレーゼの和栗のモンブランだぞ!」そう言いながら、諦め顔で私は、それとなくページをめくってみた。

この本には、後漢書東夷伝(後漢書倭伝)も併載されている。後漢書東夷伝は、後漢のことを記した後漢書のうち朝鮮半島や日本などの東夷について列伝としてまとめたものである。ただし、成立年代は魏志倭人伝より新しく後漢滅亡から200年以上後らしい。

ところが、その一節に「建武中元二年、倭の奴国、奉貢朝賀す。・・・倭国の極南界なり。光武、賜うに印綬を以てす。」とある。建武中元二年の中国は、後漢の時代で、西暦57年にあたる。

すると、美知が笑って言った。「それって博多で見つかった金印のことじゃない?」

私は倭の範囲を思い浮かべてみる。「北は朝鮮半島南部から南は福岡市くらいまでの範囲だったってことか?」「いやいや、玄界灘を挟んだそんなに狭い土地に三十国から百余国の国があったとは思えないぞ。」

再度、後漢書東夷伝を冒頭から見てみると、「倭は韓の東南大海の中にあり、・・・凡そ百余国あり。武帝、朝鮮を滅ぼしてより、使駅漢に通ずる者、三十許国なり。」とある。

つまり、朝鮮が滅ぼされる前は百余国あったわけで、馬韓辺りも倭の範囲だったということじゃないだろうか?

「倭って以外と北のほうにあったのかも知れないね。」

「でも教科書にも載ってる邪馬台国は玄界灘を渡った後に、さらに南に水行十日陸行一月なのよ。」美知が怪訝そうに言った。

「歴史書だし、でたらめ書いてるとは思えないしなあ。もしかしたら年代が違うってことじゃないかな?」「つまり、ずっと昔(後漢の頃より前)は倭国の南の境界が福岡市辺りだったけど、その後(魏の頃)にはずっと南まで倭国の領土が拡大したということじゃないかな?」

「福岡からずっと南に行くと鹿児島や宮崎辺りかなあ?」美知が地図を眺めながら言った。

「水行十日陸行一月ってかなり遠いよね。投馬国のほうは南に水行二十日だよ。どっちも遠いなあ。」

「世界では、紀元前から帆船があったみたいだよ。でも、まだ道は整備されていなかっただろうから陸行は徒歩かもね。橋もなかっただろうから川を渡るのも大変だね。」

「それを考えるとこのくらいの日数かかったかも知れないわね。」

「邪馬台国は最後に長い陸行が入るから沖縄や奄美じゃないよね。でも、投馬国の人口も五万余戸とかなり多いので島じゃなさそうだね。」

「そうなると、南の境界は、南の島じゃなくて、鹿児島や宮崎辺りってことね。」


 ここで、倭国の範囲を整理しておこう。


北の境界    南の境界 

狗邪韓国    投馬国 または 邪馬台国

朝鮮半島南岸  鹿児島 または 宮崎


「じゃあ、東西の境界はどうかしら?」

「西は中国までは含まないだろうから、九州の西岸ってとこかな。五島列島も含まれるかもね。東はどうだろう?」

「色んな国が列挙されてるけど、方角や距離がまったく書いてないから、よくわからないわ。」


東の境界 ?

西の境界 九州西岸(五島列島含む)


二人は、あちこち調べてみたが、手掛かりは掴めず、ここからは膠着状態で、進まない。「今日のところは、ここまでにしておこうか。」

「結構手強いわね。長期戦になりそうね。」

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