退院のあと 10-1
「ねえ、沙保里、ちょっと話聞いてくれる?」
「どうしたの、躰の調子が思わしくないの?」
「そうじゃないの。お腹の赤ちゃんのことじゃなくて、このところ彼との連絡が取れなくて……」
「えッ! どういうこと?」
「掻爬して2日入院したあと、彼の携帯に電話をしたんだけど、何度かけても通じないの。それでどうしても彼に会いたくて、昨日の夜彼のマンションに行ってみた。そしたら部屋から顔を覗かせたのは全然別の人だった」
「はあッ? マジぃ?」
「そう。その瞬間なにがどうなってるのかわからなくて、すぐとは言葉が出てこなかった。しばらく呆然としてたら、なにかご用ですかって向こうの人に訊かれてようやく我に戻った私は、思い切って彼のことを尋ねたの」
「そしたら?」
「2日前に越して来たばかりだからよくわからない、って返事が返ってきた」
「ということは、それ以前に彼は出て行ったということになるわね」
「だけど連絡もなしに雅史さんはどこに行ったんだろう?」
「おかしいわね、喧嘩したわけでもないのに。まさか――」
「まさかって?」
「うん、ひょっとしたら真由の妊娠に気づいてて、それで逃げ出したりして……」
「やだァ、雅史さんはそんな人じゃないって」
「真由は彼にぞっこんだからそう言うけど、男って意外とそんなもんよ。だってほかになにが考えられる?」
「うーん、そう言われても……。急に転勤が決まったとか、身内に不幸があったとか不意な出来事が起きたのかも」
「本当に彼のことが好きになってしまったのね。真由は、彼を庇おう庇おうとしている。だってそうでしょ。どんな理由があったにせよ、連絡ができないことはないはずよ。それでもして来ないってことは、真由には酷くな言い方になるかもしれないけど、私には逃げたんだとしか考えられない」
「そうかしら?」
「そうに決まってるよ。だってそれまで彼は一晩中真由を放さなかったって言ってたじゃない」
「でも……」
「口にしなくても真由の気持はよくわかるわ。しかし現実は現実として受け止めなきゃだめ。現にマンションは引き払っている、携帯も繋がらない、これじゃあどうすることもできないじゃん」
「沙保里は他人事と思ってそんな言い方するけど、私にはそんな竹を割ったように割り切ることはできないわ」
「だったら、そのほかに連絡の取りようが真由にはあるの?」
「そう言われても……」
「でしょ?」
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