5-2

「じゃあ少しお待ちください、部屋を片づけますから。傘は外にお願いします」

「恐れ入ります」

「狭い部屋ですが、どうぞお上がりください」

「おじゃまします」

「雨で上着が濡れてます、このタオルを使ってください」

「すいません」

「それでお話というのは?」

「はい、まずわたくしの身分を話さなければなりません。なにを隠そうわたくしは桜川に棲む水神でございます」

「ええッ、冗談はやめてください。そんなことを言いにわざわざこんな夜遅くに訪ねてみえたんですか?」

「いえ、冗談ではありません。とりあえずわたくしの話を最後まで聞いてください。

 お父さんとの出会いはいまから10年ほど前になります。そうですねえ、あなたが中学1年生の頃です。

 あなたは雷魚という魚をご存知ですか? 口が大きくて全身に暗褐色の斑紋がある、あのグロテスクな魚です。それがわたくしなのです。

 ある日、わたくしは不覚にも心ない子供たちの釣り針にかかってしまい、河原の夏草の上に放り出されてしまいました。雷魚というのは、空気呼吸ができるので多少水から上がっても平気なのですが、真夏の炎天下にはさすがのわたくしも気息奄々の状態に陥りました。段々と意識が薄れはじめ、もうだめだと思ったその時、横のほうから微かな跫音が聞こえてきて、やがて躰が揺れるようにして浮き上がると、灼けて干割れそうになっていた皮膚にひんやりとした感触を覚えたのです。そうです桜川に戻ることができたのです。

 そんなわたくしを川に戻してくれたのが、あなたのお父さんだったのです。わたくしはしばらくその場にいてお父さんの顔をしっかりと目に焼きつけました。そんな出会いなわけなので、お父さんはわたくしのことなど覚えていないにちがいありません。

 本当のことを言いますと、池神なんて名前は嘘です。わたくしには名前なんてないのです。でもそうでも言わないとあなたは部屋に上がらしてくれなかったでしょう」

「――」

「わたくしはあなたのお父さんに恩があります。ですからわたくしは恩返しをしなければなりません」

「それがどうして私と関係があるのです?」

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