2、宮城秋人と彼女
(宮城秋人 視点)
「あぁ、もう待ちきれない!本当に美味しそう!ここのお餅好きなのよねぇ。どちらから食べようかな?それとも二つとも食べちゃう?」
「ご飯前なんだから二つはやめなさい。ほら、お茶持ってきたよ。」
「ありがと。このお茶初めて見たわ。違うのに変わったのね。」
「そうみたい。」
無邪気に笑う彼女はとても楽しそうにしている。今日は晴れているので散歩もかねて、僕は彼女とランチを食べにきていた。
「ねえ、聞いた?親戚の鈴木さん認知症になっちゃったんだって!かわいそうねぇ・・・」
「そんなことないだろ」
彼女にとっては他人事なのだろう。しかし僕にとって認知症は短な存在だ。彼女が倒れてから一年、認知症はゆっくりと、しかし直実に彼女を蝕んでいた。最初は些細な物忘れから始まり、自分の歳を忘れることが増え、いつしか彼女の性格は歳をさかのぼるように若くなっていった。今目の前にいる彼女は、僕たちが付き合っていた頃のように無邪気に笑う。
初めは、意味が分からずに呆然としたり取り乱したりと、彼女の担当をしてくださった先生や周囲の人には恥ずかしところを見せてしまった。あの頃は信じられないという気持ちが強く、落ち込んでばかりいた。そんな時、彼女が本当に心配そうに「大丈夫?」と言うものだから、「しっかりしろ自分!」と目が覚めた気がした。逆に昔も今も、小さな幸せを見つけて幸せそうに笑うところや、うるさいくらいに明るいところは変わっていないのだと思い知らされる。そんな彼女が何十年も前から好きなのだ。今、目の前の彼女は柔らかく焼かれた鮭を美味しそうに食べている。
「そうかしら、だって自分の夫のこともわからないらしいし、いつ愛想を尽かれて出ていかれるかわからないじゃない。」
「僕だったら絶対に愛想を尽かしたりしないね」
自分で言って少し恥かしくなる。でも、これが僕の本心だ。彼女が忘れてしまうなら何度だって言えばいい。
「ふふっ、あら、私だってずっと離れないで面倒見てやるんだから!安心していいわよ!そうだ!今度鈴木さんのお見舞いに行きましょうよ!」
自分でも顔がほころぶのがわかる。全くどうして、彼女は僕を喜ばせるのがうまい。
それにしても、彼女は少し後先を考えずに行動するきらいがあるから困ったものだ。
「ダメだよ。不謹慎だし、君のそれは好奇心だろ?」
「そうね。」
「そんなつもりで来られても、鈴木さんは少しも嬉しくないと思うよ。」
「でも一人じゃ寂しいでしょう?だから『お元気ですかー?』って慰めてあげるんじゃない。」
「勝手に同情されて来られても、野次馬にしかならないよ。とにかくお見舞いに行くのダメだよ。」
「もう〜、なんでよ!鈴木さんかわいそうよ!」
「そうだね。かわいそうだね。でも、できることが限られた中で頑張っているんだよ。」
彼女は自分が認知症だと知らない。正確には教えていない。本人に認知症だと伝えるかどうかは僕に任せられている。彼女が倒れたあの日、担当してくださった先生から告げられたのは徐々に彼女が、僕を、家族の存在を忘れていくということだった。
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