あの日出会っていなければ

九重工

1、古谷正人の昼食

(古谷正人 視点)

思いの外打ち合わせが長引いてしまって、俺の腹は今にも鳴りそうだった。普段

は自分で食事を用意することが多かったが、12時をとっくに過ぎて空腹に負けた俺は、ちょうど帰り道にあった食事処に入った。

 運ばれてきた料理は健康や有機野菜にこだわっているらしく、とても体によさげなメニューだ。味噌汁を一口すすると、塩加減がちょうどよく、ほっとする味がした。ハンバーグは肉汁が中に閉じ込められており、俺は美味しさを噛み締めていた。



 その時、隣の席に初老の老夫婦が座った。先に何か買い物をしてきたのだろう。奥さんのはしゃぐ声が聞こえてきた。俺は料理に舌鼓を打ちつつ、なんとなく隣に視線を移すと、男性がひどく優しげな顔で女性の話を聞いているのが目に入った。今時珍しいぐらいに仲のいい夫婦だと思う。ただ、俺は愛していると言えるほどの恋愛はしたことがなかったので、少し、その老夫婦に興味が湧いた。俺は高菜ごはんをモゴモゴと食べながら二人の会話に耳を傾けていると、女性の方は喜怒哀楽がはっきりしているのか、少女のように話をしている。

 そういえば、恋をしている時は気持ちが若返ったような気がすると聞いたことがあったのを思い出す。男性は物腰の柔らかい話し方でたまに彼女を諭すような物言いをしているのが引っかかった。


 

 ご飯も終盤に差し掛かり、俺の腹はすっかり満たされていた。最後の一口を飲み込み、お茶で喉を潤す。店から出ると、日差しの和らいだ空がやけに高く感じた。始終優しく微笑んでいたあの男性はまちがいなく、幸せなのだろう。それほどまでに優しい顔をしていたのだ。

 俺は今日、優しい愛の形を見たのだと思う。きっと人を愛するのは辛いことが多い。それでもそばにいたいと思うのはその人が自分の人生の一部になっているからだ。俺も結婚するなら、あの夫婦のように、どんな関係になっても互いに支え合えるような人を見つけたい。

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