第15話
「感覚を研ぎ澄ますことは大切だ。少なくとも、私はそう言われて育った。狩猟好きの祖父からね。ああ、かの愛しき崇高なヘラジカ————思考を鈍らせていては、美しいものがそばを通り過ぎるのにさえ気づけない」
頭がずっとぼんやりとしていた。
診察室を出て、共有スペースを通りかかったとき、柱時計は4時半を指していた。ああ、まだ夕食まで時間がある、と思ったけれど、かといってシノやミランダに会いに行くわずかな気力さえ起こらず、私はそのままソファに寝転がった。とても疲れた。そう瞼を閉じかけた時、見知った服の袖が目に入る。
「やあ」
「あなたは?」寝転がったまま訊く。
「ヨーセフ」
「そう。……苗字は?」
「ないさ。私はただのヨーセフだ」
心なし、彼の声がしゃがれているような気がした。ヨーセフは私の横のわずかなスペースに腰掛けると、肺から空気を押し出すようなため息をついた。疲労の響きがあった。
「今日は寒い。気が滅入る」
「そうなの?」
「そうさ。早く春になってほしいものだ」
彼の気配は今にも消え入りそうに見えた。きっとひどく消耗しているのだろう。すぐ隣にいるというのに、まるで存在感が感じられない。
「ペーテルとは話したかね?」
「うん」
「ありがとう。どうか彼にもっと構ってやってほしい。ペーテルは不憫な子だ。彼の苦しみは筆舌に尽くしがたい。だから私は、彼が幸せになれるなら、この身が……いや、この精神が消え去ろうと、何も悔恨は残すまいよ」
「そう」
「願わくば、皆がそうでいてくれれば良いのだがね。特にあのドロテーア……ああ、孤独な幼子の苦しみを、なぜわかってやろうとしない。一番に気にかけてやらねばならないのに。一族のうちで最も年若い者は、皆で守らなくては。動物たちにさえできることが、なぜそうも頑なにできないのかが不思議でならん」
「そうだね」
でも、どうせみんな死んじゃうのに。
疲れのせいか、そんな言葉が頭をよぎる。
「君の様子からして、どうやらエレミヤの診察を受けたと見える」
「……どうしてわかるの?」
「この体も、最初にあれを受けた時はひどく疲労していたからね。今も毎回とても疲れるには変わりないが、もう慣れてしまったよ」
「やっぱり、診察は受けなきゃいけないのかな?」
ヨーセフは私の頭を撫で、自分の膝に乗せるよう促した。言われるがままにそうすると、なぜかひどく泣きたくなった。涙は出なかったが。
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