第13話




 エレミヤの診察室はとても暖かかった。


 食堂より面積が狭い分、暖房が効きやすいのだろう。鍵のかけられた本棚と薬棚に囲まれた部屋の真ん中に置かれた、白いテーブルと椅子。ドア側の椅子に座ると、エレミヤはにこやかな微笑みを向けてきた。

「よく来たね。さあ、診察を始めよう」

 テーブルの上にそっと、カルテらしきものが置かれる。何と書いてあるのかは読めない。知らない言語なのと、こちら側から見て上下逆さまなのと、そしてただ単に、字が乱雑で読みづらいせいだ。

「お昼ご飯は食べたのかな?」

「あ……いいえ」

「おや。何かあった?」

「ちょっと、眠くなってしまって。うとうとしてたら、診察の時間になってたので」

「そうか。慣れない環境だし、病み上がりで、まだ本調子ではないのかもしれないね」

 にこ、と柔らかにエレミヤが微笑む。その表情と物言い、そして白衣姿がまた、ユウと初めて会った時のことを思い出させる。

「まあ、診察と言っても、長くはかからないし、大したことはしない。というか、できない。ここはあくまでシェルターであって、ちゃんとした設備がある大病院とは違うからね」

 彼はテーブル脇の箱を開き、筆記用具と白紙を取り出す。

「今日はとりあえず、簡単な心理検査と、あとはカウンセリングなんかをやって終わりにしようかなと思ってる。有名なテストだから、もしかしたら君も、もうすでにやったことがあるかもしれないね」

「有名なテスト?」

「そうだよ。バウムテスト、と言うんだけど。聞いたことあるかい?」

 聞いたことがあるかもしれない。けれど、どこで聞いたのかは思い出せない。学校のカウンセリングルームだろうか。いや、そもそも、私には本当にそこに行ったことがあるかどうかすら記憶が曖昧で、よくわからない。私は返事を濁したまま、とりあえずエレミヤから鉛筆を受け取った。

「何れにせよ、本当に簡単なテストだし、試験テストといっても別にスコアがあったり、正解不正解があったりするわけではないから、あまり気負わずに、気楽にやってほしい」

「はい」

「それじゃあ、この紙を自由に使って、実のなる木を描いてくれるかな? もし描くのが難しそうなら、どんな木でもオーケーだよ。消しゴムは何回使ってもいいからね」

「わかりました」

 鉛筆を握ると、ぐらっと視界が三十度ほど揺れたような感覚があって、それから紙を見ると、いつの間にか絵が出来ている。地面に横たえた丸太が何本かと、地面に落ちてぐちゃっとなった林檎が一つ。

「あの……出来ました」

「そう。お疲れ様でした。紙をこちらにくれるかい?」

「はい」

 紙を手渡そうとすると、紙の一方をつかんだまま、エレミヤが思い出したように付け加えた。

「あ、そうそう。絵を描いている途中で、?」

「……」

 悩むなら、数秒が限度だろう。そんなふうに私は思った。それ以上は、答えたにせよ答えなかったにせよ、結局は肯定と見なされることになるはずだ。私は紙に描かれた絵のことを思い出す。林檎。

「いえ」

 私は少し眠気を感じて瞼を閉じた。そしてまた、すぐに開く。

「特に何もありませんでした」

「そう。なるほどね」

 エレミヤは紙をファイルの中にしまうと、そう言った。その「なるほど」の意味は、私にはやはりわからない。


 

 

 


 

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