????



 子供が目の前に駆けてきて、転んだ。


 顔から思い切り地面に突っ込んで、ずじゃあ、と悲惨な音が鳴る。私はおもむろにベンチから立ち上がると、その子のそばに寄って片膝をつき、手を差し出した。

「大丈夫かい。一人で立てるかな?」

 その子は地面に伏せたまま、う、と一つしゃくり上げたかと思うと、地獄にまで響き渡ろうかというつんざく声で泣き始めた。辺りの鳩たちは一斉に逃げて、周りの者たちが不審げな顔でこちらを見やる。私はスーツの内ポケットに手を忍ばせ、もう一度ゆっくりと差し出した。

「もし泣き止んでくれるのなら、君に、これをあげようと思うのだけれど」

 泣いていた子は私の言葉に、少しだけ泣くのを中断し、顔を上げた。私が差し出したのは、一見すれば普通のペンにしか見えない代物だった。けれど、一度振れば、ペン先から色とりどりの花が咲いて出る。赤。青。黄。紫。桃。そして最後に、虹色の包装紙に包まれたチョコレートがころころとこぼれ落ちた。子供の潤んだ目が、今度は好奇心にきらめいた。

「うわぁ……!」

 飛び起きた子供は、私の手からチョコレートを受け取ると、美しいガラス玉のような両の瞳をいっそう輝かせた。

「ありがとう、おじさん!」

「いいんだよ。でももう転ばないように、気をつけて歩きなさい」

「はぁい」

 子供は膝の泥を払うことも忘れて、笑顔で走り去っていった。無数の鳩たちが舞い戻ってきて、また呑気に道のあちこちをつつきだす。こちらに視線を向けていた歩行者たちも同様に、各々好き勝手な方向に顔を向け、人生の問題について考え始める。私は膝の泥を払って立ち上がり、ベンチに置いたカバンを持って、公園を後にした。

 よく晴れた日曜の昼下がりのことだった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る