第5話
食事が済むと、エレミヤは私たちを食堂から連れ出した。通路に出ると肌寒く、窓から外をのぞいてみると、どうやら小雨が降っているらしかった。黒い針葉樹林にしとしとと降り続く雨は、窓ガラスの内側をほのかに白く曇らせている。
通路をしばらく行くと、開けた空間に出た。
「ここは共用スペースだ」
エレミヤが言う。
「個人の部屋にはテレビはないから、テレビとか、あと新聞が欲しくなったら、ここに来るといいよ」
確かに彼の言う通り、共用スペースには暖かそうな暖炉とソファ、大きな新型テレビ、そしていくつかの新聞ストッカーが置かれていた。暖炉の上には愛らしいフェルト人形やスノードームが飾られて、窓辺には木製の振り子時計まである。ソファの中の一つに、見知った桃色の髪の後ろ姿がある。エレミヤがぶかぶかの白衣の袖ごと手をふりあげて、彼女を呼んだ。
「やあ、ミランダ。お待たせしたね。ここを案内するから、一緒に来てくれる?」
人影は静かに立ち上がると、無言でこちらまで歩いてきた。やはりミランダだった。私は何か言いたくて、彼女に近寄ったが、ふい、と視線を背けられてしまった。相変わらず仕立てのいいおしゃれな服に、人形のように色白な顔にはつい見惚れたけれど、そこにはどこか苦渋の色が滲んでいる。
「あの、ミランダ……」
「お前は、今、どっちだ?」
「えっ?」
「今、表に出てるのは、リアの方か?」
ああ、とその時私はようやく察した。数週間も寝込んでいたというわりには、包帯も点滴もされず、普通にベッドで睡眠をとっていたこと。起きてすぐ食事を取れたこと。きっと私が目覚めるより前に、もう一人の人格が意識を取り戻し、ミランダや治療をしてくれたシェルターの人たちとあらかじめ色々と会話をしていたのだろう。役に立たない私が起きた時、不便を感じないように。
「そうだよ、ミランダ。もしかして、私じゃない方に、何か嫌なこと言われた? ごめん、その、でも、私にはどうにもできなくて……」
「やめろ」
感情を押し殺したような低い声でそう言われて、私はそれきり黙った。彼女はそれから「何も言わないでくれ」とだけ言うと、エレミヤに話の続きを促すような仕草をした。エレミヤは特に何についても深く言及しないまま、「じゃあ行くよ」と白衣を翻し、共用スペースから奥へ通じる通路へ向かって歩き始めた。
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