9-2
「ほら、たとえば掃除の時間とか。みんな適当にやってたり喋ったりしてるときに都築くんはいつもちゃんとやってたし、ごみ捨てのじゃんけんする前に黙って行ってくれたり。私も一緒に行こうとしたら、いいからって言って強引に行ってくれたんだ」
「……」
優しい、なんて的外れだ。周りに馴染めなくて話せなかっただけ。じゃんけんなんて面倒だっただけ。
「懐かしいなぁ」
「……そういう奴は、大人になったら損するんだよ」
「損?」
学生時代に投げ出した人付き合いがいきなりできるようになるわけもなく、バイト先でも僕は誰とも馴染めないままだ。三年もかけてようやく話せるようになった人たちはみんないなくなって、また0からやり直し。これをこの先何度も何度も続けていくなんて、考えるだけで嫌になる。
みんなが話しているのを横目に一人で何かをする、そんなことはもうとっくに慣れたはずなのに、ふいにどうしようもなく憤りを覚えてしまう。
自分から独りでいることを選んでいるくせに、「自分だけが」だとか思ったりするなんて。自分でも本当に、どうしようもない馬鹿だと思う。
「……、……自分でも、なんでこんなに生きるのが、ダメなんだろうって思うんだ」
「うん」
「当たり前に、生きて、毎日頑張って、って。なんでそれができないんだろうって」
「うん」
「僕は、……大人になんか、なれないよ」
大人になるということは、生きると覚悟を決めること。
あの日、海から一歩後退ったとき、僕は生きることに一歩足を踏み入れたのだと思っていた。でも。たとえばなんでもない朝、たとえばふと息を吐いたあと、雨上がり、春、挙げていったらキリがないくらい、生きることがどうしようもなく嫌になる時がある。
理由はもうとっくに解っていた。
僕は、神様を捨ててなんていなかった。捨てたつもりだった神様は、今も僕の中にいる。二十歳までに死ぬと思い込んでいた、中学生の自分自身が。
そして、それを捨てようとしている僕と、それを信仰し続けている僕がいる。心の半分が深呼吸をしても、心のもう半分が息を止める。一歩進もうとするたびに、言いようのない違和感が纏わりつく。
僕はもう、とっくに死んでいるはずじゃなかったのか、と。
生きることに向き合えたことなんて一度もなかった。低い手摺一つ乗り越えられなかったくせに、簡単に死に憧れている。死ぬことができないから生きることに逃げているくせに、生きることもままならずに死にたいと言い訳をし続けている。
中途半端な自分のことが誰よりも嫌いなのに、信仰をやめられないほどの神様は自分の中に根を張っている。
「……僕も一つ、頼みたいことがある」
「うん。なに?」
「僕の記憶、消すんなら、全部……全部消してよ」
小野寺さんはすぐに、首を横に振った。
「私は、私に関係する記憶しか触れない。だから、それはできない」
鼻の奥がびりびりと痺れて、慌てて息を吸う。
「……、……ごめん、冗談だよ」
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