8-1

 


「都築くんにはなにか、秘密はある?」


 港まで戻ってきた僕たちは、いつものベンチに座った。唐突な小野寺さんの質問に、僕は少し迷ってから息を吸う。


「小説家に、なりたかったこと、とか」


 顔が熱くなるのを感じた。


「今は違うの?」


「……わからない」

「私、都築くんなら素敵なものが書けると思う」


 小野寺さんが微笑んだ。嘲笑ではないように見えたのは、僕の願望なのかもしれない。


「さっきの公園で見た桜、どうだった?」


「すごく綺麗だった」

「あれは、都築くんが作ったんだよ」


「どういうこと?」

「都築くんの想像したものをそのまま見せたの。本当に花が咲いたわけじゃなくて。勝手に騙して、ごめんなさい」


「騙すなんて、そんな、」


 僕は魔法なんてもののことはなにも知らない。小野寺さんにとってそれがどういうものなのか、どんな思いでそれと向き合ってきたのか、なにも。それでも、少なくとも僕に対してはそれが謝ることではないと伝えなければいけないと思った。


「都築くんは」


「小野寺さん、」


 遮った僕を彼女は不思議そうに見た。


「謝らなくて、大丈夫だよ」


 会話が上手くないことは自負しているけれど、こういう瞬間は、それがすごく嫌になる。

 小野寺さんは一瞬驚いた顔をして、すぐに笑った。


「ありがとう。あのね、都築くんは、都築くんが見た桜みたいな、綺麗なものを作れるんだよ。だからきっと、都築くんが書くものだって、すごく綺麗なんだろうなぁ」


 咄嗟に首を横に振った。


「綺麗、なんかじゃない」


 僕が自分の感情の欠落について初めて気がついたのは、クロが死んだ夜だった。姉が泣いている理由を、僕はどうしても理解できなかった。


 初めて父親と別々に暮らすことになったことや新しい学校に馴染めないことで、姉が感じた悲しみや寂しさ。それが解らないと言った僕への怒り。父親と二度と会えなくなってしまうこと。クロがもう二度と息をしないこと。


 そういうこと全てに関して、僕は姉の気持ちなんてたぶん何一つ理解できなかった。


――「クロはずっと、私の一番の家族だよ」


 悲しみを真似て口を結び、寂しさを真似て動かなくなったクロを撫でたとき、僕は頭の中でその言葉を反芻していた。決して起き上がらないクロに対して僕は、自分の中でねじれる何かを感じていた。


 今なら解る。あれは、紛れもなく嫉妬だった。


 

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