2-1

 


 コンビニを出たところで携帯電話が鳴った。佐々木からの着信だ。


『おつかれ』


「おつかれ」

『バイト終わり?』


「うん」


 佐々木は、中学時代にできた僕の唯一の友人で、時折こうやって電話がくる。大抵、なんでもない話をするだけの電話だ。


「仕事、どう?」

『まだマナーの勉強みたいなのが多いかな』


「そっか、そういうのもやるんだ」

『面倒だけどね』


 僕らは同じ中学を卒業して、同じ高校を卒業して、別の大学に進んだ。大学を卒業した佐々木は東京の会社へ就職し、この町を出て、今月から東京で一人暮らしをしている。


 まばらに聞こえていた車のエンジン音が消えた。堤防の階段を超えて、海沿いの道まで続く芝生に置かれたベンチに座る。今日は風がほとんどない。


「ゴールデンウィーク、こっち帰って来るって言ってたっけ」

『あー、そのつもりだったんだけどさ、ユイがこっち遊びに来るからそっちには行かないかも』


「え? あ、……そっか。上手くいってんだね」

『もうすぐ半年』


「もうそんな経った?」

「経った経った」


 それからしばらく佐々木の惚気話を聞いてから電話を切った。

 吐いた息が溜め息になる。それを飲み込むために、ベンチに置いたビニール袋から缶を取り出して一気に煽ると、レモンの炭酸が喉で弾けた。酒に強くないのは母親譲りだと思う。


 波の音はなかった。電話をしているあいだに日付が変わっていた。

 夜が零時を過ぎると深いと表現される理由を、夜が海と似ているからだと僕は思う。光と音が一つ一つ消えていく町を背に、ベンチに座ったまま行ったことのない深海のことを想像した。


 足元は芝生から砂に。静かな海流に身を任せる海藻に囲まれて、息を吐けば頭上に向かって二酸化炭素の泡が上っていく。そして、そばを泳いでいく奇妙な魚。

 そんな妄想の海の底で、僕は数歩先に見えたとある黒い塊に目を留めた。


 我に返る。海底が夜の港に戻る。僕は、暗闇で微かに蠢くそれを凝視した。


 カラスだ。


 それが解った瞬間にカラスは大きな羽を広げて飛び立った。びくりと驚いた僕の腕がベンチに置いた缶を引っ掛けて、カラカラという音と共に飲みかけの酒がこぼれていく。慌てて拾い上げた缶の軽さで中身がほとんど空になってしまったことを悟って、結局また溜め息を吐いた。


「都築くん!」


「ッ!」


 突然聞こえた声に顔を上げる。目の前に、小野寺さんが立っていた。


 

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