七-2
「それで――」
二人の生徒が部屋からいなくなると、セオは足を組み替えつつ椅子を横に回し――
「君も盗み聞きの類かね? マジシャン」
いつの間にかデスクの傍に立っていた銀マントの青年に鋭い視線を向けた。
「ごきげんよう、アルケミスト。あなたに一言お礼を申し上げたく参りました。エレンさんを最悪の道から逸らしてくれたこと、感謝します」
白い布手袋をはめた手を胸に添え、フールは誠意ある態度で頭を下げる。セオはすぐに椅子の向きを元に戻して体を逸らし、仏頂面を作った。
「私は別に何もしていない。礼なら今出ていった小柄な少年にでも言いたまえ」
「碓井瑠己人、ですか。彼は不思議な少年ですね」
「私にしてみれば君の方が不可解な存在だがね」
セオの皮肉をフールはそよ風のように受け流し、それから表情を固くして静かに告げる。
「お礼ついでに、一つ情報を提供します。ホスピタルの連中が、感付いたようですよ」
「……なに?」
セオの眉が、動く。深刻な雰囲気が室内に広がる。
「ナース、もしくはドクターはもう来ているのか?」
「はい。僕の知る限りナースが一人、捜索隊を伴ってこの街に来て調査を進めています。遅かれ早かれ襲撃を仕掛けて来ることは間違いないでしょう」
「やはり今回の御戸永憐が起こした騒ぎが餌となってしまったか」
セオは険しい顔付きで顎に手を当てる。その横顔にフールは尋ねる。
「対抗、するのですか?」
「対抗するとしたらそれはあの子たち自身だ。彼らがそうと決めた場合は、私も陰ながら動くつもりではあるが、限界がある。結局は彼ら(ブレシス)の身は自分自身で守るしかないのだよ」
「そうですか、分かりました。では僕も、そうなった場合は彼らの運命に干渉しない程度に協力しましょう」
フールは澄んだ瞳に決意のようなものを宿らせている。しかしセオが彼に向けた表情は、心底不愉快な感情に満ちていた。
「何を偉そうに。君に一体何が出来るというのかね?」
「そうですね。あなたの目になることくらいならできますよ」
「なんとも微妙な手助けだな。まぁしかし、強いて頼むとしたら――」
セオはデスクの引き出しを開けて中からおもちゃの水鉄砲を取り出した。
「その時が来たら、これをルキト君に届けてくれたまえ。君に頼みたいことといえば、せいぜいこのくらいだ」
差し出された透明なプラスチック製の簡素な水鉄砲とセオの顔とを交互に見比べ、やがてフールは悟ったようにそれを受け取った。
「お引き受けしましょう」
「そしてこれは忠告だが、あまり他人に関わるとそのうち痛い目に遭うぞ。君が持っているのは罰としてのギフトだ。人とは相容れない次元の牢獄に囚われている君が、あろうことかその特性を自分以外の人間のために使うとなれば、いずれ『自然の摂理の修正力』に消されてしまうぞ? 覚えておきたまえ、マジシャン」
フールは自虐的な笑みを浮かべたのを最後に――何も言い残すことなく空気の中に溶けるように消えた。そのことをわざわざ目で確認したりはせず、セオはただ黙ってティーカップに唇を付ける。
好物の紅茶が、今は少し不味く感じた。
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