四-2
人にはそれぞれ特有の性質があるように、山津芽在にもまた独特の性質がある。
メアルは人生をとても大事にする人間だ。人生を大事にしない人間などそういないだろうが、メアルは際立ってその傾向が強かった。ある意味固執と呼んでも過言ではないほど、メアルは一分一秒の生を悔いなく大切にしようと考えている。
メアルがそのような意思を携えている訳は至って簡単だ。人生は一度きりしかないからだ。
一度きりしかない人生なのだから、どうせなら清く正しく美しく、そして明るく楽しく幸せに生きた方がいい。
そしてメアルが生きるこの世界もたった一つしかないのだから、世界中にある全てのものを愛し、受け入れ、調和して、心地のよい人生を謳歌した方がいい。
世界には沢山のものが溢れており、沢山の人が暮らしている。その一つ一つ、その一人一人には皆素晴らしい意味がある。だからそれら全てと触れ合って分かち合えれば人生はとても有意義なものになる。メアルは昔からそのような考えを胸に秘めて生きてきた。
夏が暑ければ暑いなりの楽しみ方を見つければいい。
苦手な食べ物があれば調理法を変えて美味しく仕上げればいい。
勉強はやらされるのではなく自分から望んでやると思えば好きになれる。
そして――嫌いな人がいてもその人の良いところを見つけて手を取り合えればどんなに素敵なことか。
人生はいくらでも満喫することができるのだ。面白くないことにも当然出くわすかもしれないが、それをどう受け止めるかは自分次第だ。角度を変えて見れば、悪いことでもきっと良いことに見えてくるはずだ。
世界の有様は変わらない。夏は暑く、冬は寒く、朝は眩しく、夜は暗い。その仕組みはどうやっても変わらないのだから、世界を変えたければ自分が変わるしかない。世界の仕組みを受け入れ、それに順応し、あらゆるものと調和して人生を前向きに生きる方がずっといい。
この世界に無意味なものなど一つとしてありはしないとメアルは考えている。人間一人一人にだって生まれてきた意味があるし、人生の価値がある。だから人生を無為にしてはいけない。自分を否定してはいけない。
生きることを後ろ向きに考えることこそが、メアルの一番嫌っていることだ。一度きりしかない人生を笑えずに終えてしまうなんて、この世で一番悲しいことだと思うから。
「ねぇ御戸さん、ちょっと」
休み時間の合間を利用してメアルはエレンの背中を呼んでみた。無視されるかと思ったが、意外にもエレンは一回でこちらを振り返った。
「何よ」
しかし――エレンの顔は不気味だった。薬物に精神を冒されているような顔色をしており、目が異様に据わっている。普段からエレンは不機嫌そうに表情を曇らせてはいるが、それとは明らかに違った様子だ。
「昨日のことなんだけど、何か悩みでもあるの?」
窺うように尋ねてみると、エレンは表情を変えずに「昨日のこと?」と言った。
「その……昨日私と口論したとき、御戸さん、自分のことを要らない人間だって言ってたでしょ? それってどういう意味なのかな、って」
「ああ……」
「何か悩みがあるなら、私でよければ相談に乗るわ。いつものように余計なお世話だと思われるだろうけど、なんだか私、御戸さんのこと何も知らないくせにいつも大口叩いてたから、申し訳なくなっちゃって」
メアルは真摯な眼差しでエレンを見つめる。純粋にクラスメイトのことを案じている瞳。
エレンは黙ってメアルの顔を見つめ返し――小さく微笑んだ。
「山津さんは本当に優しいのね。さすが人望の厚い学級委員長なだけあるわ。じゃあ、そんな山津さんを見込んで私の悩みを聞いてもらおうかしら」
感情の篭っていない声で言った後、エレンの顔から微笑が消える。
「あなたが眩しすぎるのよ、山津さん。本当に、失明してしまいそうなくらいね」
「え?」
「でももう大丈夫。解決策を見つけたから」
エレンの目は今まで見たことないくらい冷徹で、メアルは背筋に言い知れぬ悪寒を覚えた。
「御戸さん、何を言っているの?」
「いずれ分かるわ。じゃあそういうことだから」
エレンは多くを語らず、再び前を向いてしまった。その背中にメアルはもう声をかけることができない。
――なんだか、エレンが怖かった。
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