四-1

 連日に渡って大空の中心を陣取っていた灼熱の太陽も、今日は朝から分厚い暗雲に制空権を横取りされていた。曇天のお陰で暑さは普段より幾分抑制されてはいたが、代わりにじめじめとした湿気が充満しており、帰り際に雨でも降ってきそうな兆候を漂わせている。

 そんな物暗い空模様と同じような顔色をしながら登校してきたルキトは、教室に入って自分の席に座るなり後ろの席のリュウヤから声をかけられた。

「おいおいおい、ルキト、これ見たかよ!」

 リュウヤは慌てた様子で前のめりになりながら、ポケットから一枚の紙切れを取り出してルキトに見せてきた。それは今日の朝刊の切り抜きだった。

「知ってるよ。俺もテレビで見て来た」

 落ち着いているように答えたが、ルキトも困惑していた。リュウヤの持ってきた切り抜きには、側面が大きく円形に凹んだ地下鉄車両の写真が載っていた。

 ――昨夜遅く、朔詠市営地下鉄で事故があった。走行中の列車が正体不明の強い衝撃に襲われたのだ。列車は激しく揺れて危うく脱線しかけたものの、何とか体勢を維持して緊急停止。軽傷者が数人出た程度で大惨事には至らなかった。

 何か巨大なものが横からぶつかってきたような衝撃だったらしいが、現場からそのようなものや痕跡は見つからなかった。事故の原因が何なのか未だに不明のまま。しかし、頑丈な鋼鉄製の車体を歪ませる程の力の強さ、そして衝突面の凹みの形状は、明らかに先日エレンが損壊させた橋脚の有様そのものだった。

「これはさすがにヤバくないか? そろそろ死人が出るレベルだろ。いいのかよ、このまま放っておいて」

 リュウヤの言わんとしていることはすぐに察することができた。

 エレンは一線を超えようとしている。最初は物言わぬ壁に力をぶつけていただけだったが、早くも直接人間に危害が及ぶようなギフトの使い方をし始めた。

 昨日屋上で予告していた通りだ。彼女は破壊にのみギフトを振るう。早く何とかしなければ、いずれ取り返しの付かないことになるだろう。しかし――

「……俺にはミトエレンの行動を止める理由が見当たらないんだ」

 ルキトは落ち込むように俯いて弱い声を漏らすだけだ。

「いやいや、どう見ても犯罪だろこれ。理由云々とかじゃなくてよ」

「俺だって止めたいよ。けどそう単純に考えちゃいけない気がする。ギフトを得た人間にはギフトを得るだけの理由があって、ギフトを振るうにもその人なりの理由がある。だから、ミトエレンの行動を否定するには、つまり彼女の中の理由を覆すくらいの理由が、止める側(こっち)にも必要なんだ」

 リュウヤは肺の中の空気を全て出すくらいの大きなため息を吐いた。

「お前はどんだけややこしい奴なんだよ……」

「リュウヤが単純すぎるんだよ」

「単純で結構ですとも。何もしないで立ち止まっているよりは断然マシだと思うがね。お前や蝙蝠先生は事あるごとに理由だの目的だのにこだわるけど、そんなものは必ずしも事前に用意しておくものかね」

「どういうことだよ?」

「理由なんてのは、場合によっちゃあ後から勝手についてくるモンさ。何かをする前に理由が見つからないのなら、何かをした後に見つかると信じればいい。そうしないといつまで経っても前には進めないぜ?」

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