二-1

 人の立ち寄らない校舎の屋上に、一人の若い青年が立っていた。

 その青年はすらりと背が高く、両目は綺麗な海を思わせる碧眼で、首の後ろで結んだ長い金髪を緩やかにそよ風に揺らしていた。目鼻立ちは外国人のように整っており、端から見れば美形と呼ぶに相応しい容姿をしている。

 しかし、そんな美的な印象を相殺してしまうほど、彼の服装は奇抜そのものだった。

 青年は、肩から足先までを覆う銀色のマントに身を包んでいた。御伽話(ファンタジー)に登場する魔法使いが着ていそうな面妖な装いのマントで、とても現代社会で着こなして歩けるようなものではなかった。現実離れした風貌はひたすらに異彩を放ち、正に絵本の中から抜け出してきた魔術師のように青年は唐突かつ不自然に屋上に佇んでいた。

「――歯車を動かすのもギフトであれば、歯車を狂わすのもまたギフト。どちらに傾くかは、まさに天秤のようにゆらゆら揺らめいて分からない」

 詩的な言葉を呟く青年の顔には憂いが浮かんでいた。日光を浴びて煌めく銀マントは一見すると派手に見えるが、青年が醸す哀愁に満ちた雰囲気を重ねてみると、零れる涙の輝きにも見える。

「巡り巡ってこの街に帰って来てしまいましたが、いつの時代も天秤は人の心を揺さぶるものですね」

 誰の耳に届くでもなく、青年の声は夏風に乗って飛んでいく。独り言は意味を持たずに消えるだけ。

 青年は静かに溜め息を吐き――再び吹いてきた風と共に音もなくその姿を消した。

 誰もいなくなった屋上に、銀マントの青年がいたという痕跡は残らない。

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