オリンピカ⑩

その日の午後の勤務は酷いものだった。


―ひよちゃん、POPが逆になってるよ。

―ひよちゃんそのお客さん、持ってたのAクーポンじゃなかったっけ?

―ひよちゃんが入力してくれた在庫管理表なんだけど、この商品午前中に売れてたから一個減ってるよ。


ミスを一つ一つ結城さんに拾われるたびに、恥ずかしさで立っていられなかった。

視界の端に映る結城さんを見ているだけで落ち着かなかった。かけられる言葉が「次は気を付けてね」から「落ち着いてね」になり、「いつもなら大丈夫なの知ってるから、調子悪いときは俺のこと頼ってね」になっていった。

寝不足も影響はあっただろう。ふとした瞬間に売り場の鏡に映った自分はげっそりとやつれたように見えた。

いつもだったらこんなミスはしない。

いつもだったらこんなに確認を怠ることはない。

いつもだったら…。いつもだったら…。

ぐるぐると回る思考がやがて視界も侵食していくようだった。

「佐久間さん!」

スタッフの声で我に返る。目の前にお客さんが怪訝そうな顔をして立っていた。

慌てて謝り対応に入るが、頭の中は情けなさと恥ずかしさでいっぱいだった。

お客さんを見送った後、どんな顔をして振り返ればいいのかわからなかった。

「…すみません」

すれ違いざま、小さな声で言った。多分結城さんにもスタッフにも向けてない。謝ってる、っていうポーズをして自分の中で反省アピールをしているだけだ。自分の中で許されたいだけだ。

結城さんと目を合わせるのが怖かった。

「…うん」

結城さんの、声にもなっていないような返事が聞こえて泣きたくなった。


終業後、一人になると盛大なため息が出た。

言い訳できないほどに失敗ばかりしたことよりも、結城さんのフォローしきれないという表情の方が脳にこびりついている。そのことも不甲斐ないと自分に腹が立っているのに、結城さんの表情は一向に溶けて流れる気配を見せない。

明日もこのままだったらどうしようか…。

仕事に行きたくない、という気持ちが募っていく。


このまま家には帰れない。昨日と同じことになる。

少し、散歩して帰ろう。


駅方面に向かいかけていた足を方向転換し、携帯の音楽アプリを起動する。

柔らかな女性ボーカルの曲を選び、私は夜の街を少し早足気味に歩き始めた。

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