VOL3
銃声の後、火薬の臭いが車内に充満した。それに反応したんだろう。
母親に連れられていた3歳くらいの男の子が泣き出した。
『うるせぇ!泣き止ませろ!』
少年は喚き、拳銃を振り回した。
若い母親は必死になって我が子を抱きしめ、何とか泣き止ませようとするが、
まだ小さな子供にそんなことを言っても無理なのは分かり切っている。
『しゃあねえな、じゃあ、俺が黙らせてやろうか?!』
少年は唇を舐め、銃口を母子の方に向けた。
『おい!』
それだけ叫ぶと、俺はいきなり席から立ち上り、懐のM1917を引っこ抜き、バスの天井めがけて一発発射した。
乗客たちは耳を押さえ、体を伏せた。
『な、何だ?てめぇ!』
俺は彼に銃口を向け、無言で二連射した。
・45ACP弾が、奴の両肩を貫く。
少年は拳銃とリモコンを放り出し、うめき声をあげながら、前のめりに床に倒れた。
バリン!運転席横の出入り口の窓が弾け、大きな破裂音、そして煙が車内に充満する。
運転手が非常コックを引く。
ドアが開くと同時に、黒ヘルメットに黒づくめに防弾チョッキ姿で、機関拳銃を構えた男たちがなだれ込んできた。
防弾チョッキの背中には、白抜きで、『SAT』の文字がでかでかと描かれてある。
『動くな!銃を捨てろ!』先頭にいた男が、銃口を俺に向けながら叫んだ。
勿論俺は言われた通り、銃を床に置き、両手を高く上げた。
結局、撃たれたのは犯人の少年と、そしてあの教育評論家のおっさんだけだった。
少年は周りを厳重に毛布で囲まれ、担架のままで救急車に載せられた。
犯罪を犯しても、
俺は数名に取り囲まれて、散々事情を聞かれたが、ライセンスとバッジを見せ、本職の私立探偵であることを説明すると、どうやら納得したようだった。
しかし(いつもの事だが)、警察官の側としては、民間人である私立探偵が発砲したのがよほどお気に召さないらしい。
『幸い犯人の少年は命に別状はなかったが、もしものことがあったら、免許を取り上げるぐらいじゃ済まないぞ!
機捜と捜査一課の銃器対策課の偉いさんが、俺を呼び捨てで、毎度お馴染みの殺し文句を浴びせかける。
俺ははいはいと頭だけは下げておいたが、半分は聞いていなかった。
『・・・・兎に角、始末書だけはなるべく早く作成して、最寄りの警察署か、本庁の銃器対策課までに提出すること、それから近々都の公安委員会から呼び出しがあるだろうが、ちゃんと出頭するんだぞ?!』
俺は手を振り、後ろに停まったままのバスを見た。
乗客たちは全員運び出された。
お巡りの言った通り、犯人の少年(いや、ガキと言う方が適切だ)は、俺の銃弾を肩に喰らったが、幸い命に別状はなかったし、あの教育評論家のおっさんも、担架の上で真っ青な顔をしてうめいていたが、こちらの方も大した事はなさそうだという話だった。
(余談ついでにもう一つ、
警察から解放されたと思ったら、次はブンヤだのテレビ局だのの番である。
カメラが俺の方を向き、フラッシュが
マイクが突き付けられる。
ありきたりの質問が俺に飛ぶ。
『何で撃ったんですか?』
『向こうが発砲したから』
『相手が少年だと分かっていたのに、ですか?』
『誰であれ、銃を向けられれば、撃ちます・・・・こういう名言を知ってますか?
「銃を撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」私はそれに従ったまでです』
(敬愛するミスタ・マーロウ、貴方の格言を無断使用して申し訳ない)
俺はそれだけ答えると、メディアをかき分けて人垣の外に出た。
刑事もののテレビドラマならば、ここで主題曲が流れ、サングラス姿のデカは、煙草を咥えながら帰途につくところだが、生憎俺は煙草を止めた身だ。
サマにならないのは分かり切っているが、ポケットのシガレットケースからシナモンスティックを出し、口に咥えて空を振り仰いだ。
『あの・・・・』背後で声がした。
振り返るとそこに、あの若い母親が小さな男の子を抱いて立っていた。
彼女は目に涙を浮かべ、俺に向かって頭を下げ、男の子は包帯を巻かれた右腕を伸ばしてきた。
俺は黙ってその手を握り締めてやると、そのまま立ち去った。
空が青いな・・・・夏の雲がむくむくと立ち上がっている。
(今晩もやっぱりバーボンだな)
俺は思った。
終わり
*)この物語はフィクションです。
登場人物その他は全て作者の想像の産物であります。
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バスジャックの日 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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