第44話 ライルの加工術講座

――これは、2人が加工術の相談をした後、そして武具に記号を施す前の話。


「と、いう感じでいいんだな」

「はい!」


 彼と話し合ったことをノートにまとめ、一息をつく。今日は依頼もなく、彼もクエストに出かけるつもりはないようだ。何もすることがないのなら書斎で本の読書や魔石通信機でサイトを閲覧でもして、暇を潰そうか。それとも運動をして体力をつけるべきか。そんな事を考えていると、そんな私の様子を察したのか偶然なのか、彼から加工術について教えてくれないかと言われた。


「無理に、とは言いません。ただ、憧れのライルさんから加工術についてもっと聴きたいと思ったんです。ダメなら諦めます」


 そうきっぱり言った彼は、不安と期待が入り混じったそんな顔をしていた。そもそも、私が彼に加工術を教える必要なんてない。私たちは利用しあう、そういう関係だ。それに私は人と関わりたくないんだ。だから、本当は断るべき――




「……今日だけだぞ」

「!」


 はずなんだがな。まぁ、彼にはよく世話になっているし、これくらいは構わないだろう。


――――




 彼に教える前に、必要なものを工房から出してきてすべて収納魔法の中にしまった。そして、どこで教えようか迷ったが、最終的に居間が丁度いいという結論になった。彼をテーブルに座らせ、私は加工術で出した疑似的黒板をこしらえた。何もしない時は紙だが、魔力を通すと自由に書いたり消したりすることができる画面が現れる。本当に教師と先生の関係のようだ。まぁ、私は彼の師匠にはなっていないがな。

 

「とりあえず、加工術はどういうものか分かっているか」

「えっと、モノに特殊な記号を施して、魔法を使えるようにすることでしったけ」

「まぁ、そういう認識で間違っていないが、加工ペンで施さなければ意味がない」

「あ、そうでしたね!」

「それと、特殊な記号というよりは、特殊な効果をもつ記号だ。もっと詳しくというと、神の祝福を受けた記号だな」

「神の祝福?」


 神の祝福とは、この世界の創造神が与えるものといわれている。どのように与えられるかというと、特別な祭壇に自分が考えた加工術とその名前と効果が書かれた紙を持っていき、儀式を行う。そして、その加工術を神が認めて、はじめてその記号の魔法が使えるようになるのだ。なので、新しい加工術をつくるには、神の祝福が必要不可欠ということだ。まぁ、私は神など信じていないから、何か裏でもあるのではないかと密かに調べているのはここだけの話だ。

 もともと加工術とは、代償の大きい魔術の代わりに神が人に与えた術だと言われている。神が認めた加工術でなければ、魔力を流しても魔法が発動することはないのだ。


「まぁ、新しい加工術を作るには金がいるんだがな」

「え、そうなんですか!?」

「あぁ、強大な加工術ほど金がかかる。祭壇にそれ相応の金を払わなければ認められないようになっている」


 一般には、対価として金を支払うということになっているが、その金は儀式を取り仕切っている神殿の人間が懐にいれているという噂があるが、これは彼が知るようなことではないだろう。


「前までは実際に神殿まで行く必要があったが、今はこの小さな台を魔石通信機に繋いで、新しい加工術について書いた紙と代金を置けば、申請が可能だ。といっても、神の祝福が与えられやすくなった訳ではないのだがな。どういう基準かは解明されていないが、他の記号と被っていない、効果と名前がしっかり明記されていることが重要だと考えられている」

「結構、曖昧なんですね」

「全ては神のみぞ知る、ということだ。私たち人間ではそれを知る術はないからな。まぁ、神なんて信じていないが」


 別に信者を馬鹿にするつもりはない。ただ、神の名を騙り悪さする人間たちがいるのは事実だ。だから、そういう宗教をいまいち信用できない。神の存在を否定している訳ではない。それに、ちゃんとした敬虔な信者がいるのも理解している。それか信仰を心の支え人もいるだろう。その人たちまで悪くいうつもりはない。ただ、私は彼らのような生き方は無理だ。もし信じて救われるのなら、不幸なまま死に逝く人などいない。何かを成すのは、結局自分の力だ。誰も、助けてくれない。

――と、神についてはこれ位にして加工術に考えを戻さなくては。

 

「君は確か加工術師になりたいんだったな」

「はい! なので弟子にしてください!」


 今回が特別なだけで、それは嫌だ。それに今は魔石通信機で簡単に加工術師について学ぶことができる。簡単な読み書きしかできないなら、通信制の学校に通って基礎から学ぶことも可能だ。私である必要はない。


「俺は! ライルさんがいいんですっ!」

「君は頑固だな」

「それはライルさんだけには言われたくないです!」


 私は別に頑固ではないと思うが。まぁ、今の形が英雄の彼の力を存分に見れるからこのままで構わないが、それは流石に言わない。べ、別に恥ずかしいからとかではないぞっ!


「それに俺、そういう機械系に弱いんですよ」

「そうなのか。確かに、君がそういうのを持っていなかったな。それでも、郵送で学ぶ方法もあるのだが――私じゃなきゃ駄目か」


 そういうと、


「だが1つだけ言わせてもらうが、今の時代はそこそこ恵まれている方だぞ。前までは金持ちでない限り、加工術師に弟子入りして、師匠から学んだあと立派な加工術師になるのが主流だった。それか、独学で学んだあと、加工術師協会に加入して、雑用をこなしながら、実力をつけるしかなかったのだから」


 どちらの方法も過酷で、人によっては加工術師になれないままもざらにあったようだ。私の場合は後者だ。加工術師協会とは冒険者ギルドと違い、国に1つはある、加工術師の為の組織だ。この協会にいれば、家にいながら加工術の仕事ができる。その代わり、手数料も取られるが、私にとっては些細なことだから問題ない。本部は隠された場所にあり、呼ばれたこともあったが、興味がないので実際に行ったことはない。

 協会に顔を出さなければいけない時は、ぺリティカの広場にある支部に訪れている。なかなか広大な建物で、人がひっきりなしに訪れる。ギルドと同じくらい、人にとってなくてはならない組織といってもよいだろう。それほど、加工術が人々の暮らしに根づいているということなんだがな。



 もともと、加工術師を目指すのは魔力が無い人が多い。なぜなら、加工術を施す場合、その人自身の魔力がのる場合があり、それと魔力が多いほど、加工術を施す際に暴発する場合がある。普通、その場合は自分で魔力を抑制するか、その加工術を自分で使うかだ。人の魔力と混じると何が起こるか分からないからな。自分の加工術だけで戦う魔法使いなら、そんな心配はない。逆に、自分の魔力ならば、威力が上乗せされるからな。


「まぁ、加工術は言葉よりも、実践の方が覚えやすいだろう。とりあえず、この手袋をはめてこの加工術を書いてくれないか」


 そういって、手袋と予備の加工ペンを渡し、水を示す雫型の記号を見せる。基本の属性の記号が加工術の中で一番簡単とされている。見ながらなら彼でも書くことができるだろう。


「わ、分かりました!」


 そういって、手本を見ながら記号を紙に記す。――が、


「……かなり歪だな」

「すみません、何度やってもキレイにできないんです」

「いや、わざわざ謝ることではない。まぁ、人によって得意な事と不得意な事は別れている。場合によっては、機械でも加工術を施すことは可能だが」

「それでも! それでも、俺は自分の力で記したいんです。加工術のことをもっと知って、ライルさんみたいな立派な加工術師になりたいんです!」


 彼の心からの叫びに、なんともいえない気持ちになる。彼の気持ちは痛いほど、わかる。幾度となく経験した気持ちだ。私だって、魔石の力を使わずに自分で魔法を発動させたかった。剣の才能が欲しかった。何度振っても、教えられても、まともに扱うことができなかった。だから、勇ましく戦う彼の姿に憧れた。そんな気持ちだったのかと思うと、心が締め付けられるようだ。


「そういうことならば、ただ練習あるのみだな。はじめからできる人間なんていない。とりあえず渡したあの書物で何度もなぞって練習すればいい。これでも、最初よりは上手く記せるようになったのではないか?」


 私の言葉に彼はこくりと頷いた。


「覚えられなければ見本をみながら記せばいい。君には、君のやり方で加工術を学べばいいんだ」

「ラ、ライルさん……」

「それに、確かに歪だが、これもちゃんとした水属性の記号だ。少し貸してくれ」

「え! わ、分かりました」


 彼から紙をもらい、魔石で魔力を流す。すると、直径2センチほどの小さな水の球が現れた。


「こ、これって……」

「そうだ、魔法だ。例え、歪でもその加工術だと認識されれば発動される。確かに、綺麗に施されたモノより威力は弱いが。それでも、君は自分の力で描き上げたんだ。だから、ただ落ち込むのではなく、やれることを少しずつ増やしていけばいい。少しくらいなら私も手伝おう」


 その言葉に、彼は今にも泣きそうに目を潤ませ、返した紙を大事そうに抱え、震える声でたった一度、


「ありがとうございます」


といった。自分で加工術を記せたことがよほど嬉しいのだろう。どうして彼がそこまで加工術師になりたいのかよく分からない。魔法剣士の腕があるというのに、加工術に執着するのも何か理由があるだろう。よく分からないが、それでもそんな彼を応援したいと思ってしまった。自分らしくないのは分かっているが、頑張っている人を無下にできなかった。私は本当にどうしようもないやつだな。こんな事しても、いつか離れるというのに。まぁ、今くらいはいいだろう。




「だが、師匠になるつもりはないがな」

「そんなぁ!」





――――


 しばらく、簡単な加工術を教えた。最後に初歩的な字と加工術の練習帳と本と辞書を渡す。分からなかったら答えるというと、感極まって私に抱きつこうとしてきた。だから、空間魔法をつかっていた場所をずらし避ける。不満そうだったが、そんなのは知らない。


「俺、がんばります。ライルさんくらい、は無理かもしれませんが、実践で使える程度の加工術師を目指しますね!」

「そ、そうか」


 彼の太陽な笑顔が直視できない。その真っすぐさが羨ましいな。だが、努力とはいいものだな。……私も頑張ってみるべきだろうか。


「そ、その少し頼みたいことがあるのだが、いいか?」

「ライルさんなら、なんでも!」


 それはどうかと思いながら、言葉を続けた。


「わ、私に剣を教えてくれないか?」

「ライルさんに、剣を――。それくらいは構いませんが、まずは体力を鍛えた方がいいんじゃ」

「う」


 私もそう思っていたが、面と向かって言われると少し複雑だ。


「よし、分かりました! じゃあ、暇な時にライルさんの肉体改造プランを考えますね! 頑張ってムキムキな身体になりましょうねっ」

「い、いやそこまでしなくていい! そこそこ剣をつかえるようになればいいだけだからな! 聞いているか、おいっ!!」

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