第43話 約束の加工術

 食事会の次の日、彼との約束を果たすため防具と剣とアメジストに加工術を施すために渡してくれないかと言った。そうしたら、彼は少し困ったような照れたような顔で、


「えっと、3日待ってもらってもいいですか?」


 と返された。なぜ、すぐに渡さなかったのか、そして照れているのか少し不思議ではあったが、3日後も特に忙しい依頼はなかったので了承した。その代わりと言っては何だが、どのような加工術がいいか先に相談することになった。そのついでに加工術について少し教えたのは、また別の話である。



――――



「――で、その3日経ったわけだが、君が持っているそのペンダントはなんだ?」

「ライルさんからもらったアメジストを加工して作ってもらったペンダントです!」


 とても良い笑顔で答えられてしまいなんとも言えない気持ちになりながら、彼が持っているペンダントを見た。無駄な装飾は少ないが、元はおまけで貰ったアメジストが、見ただけでは分からないほどに綺麗に加工されている。アメジストは楕円形にカットされている。確かカボションカットだったな。光り輝くようなカットの仕方ではないが、素朴な雰囲気が彼によく似合っている。普通に良い値段で売られていそうな綺麗なペンダントに仕上がっていた。これに加工術を施したら、もっと素晴らしいペンダントになるだろう。これを加工した人間はそれを計算した上で作ったのだろう。かなりの腕とセンスを持っているようだな。



「これ、あの時にマリィに頼んで作ってもらったんです。ライルさんに加工術を施してもらうなら、やっぱり身に着けやすいモノにした方がいいかと思って!」


 マリィとは、確か彼の幼なじみで『小人の大槌』の店員か。あの親方の元で働いていることだけはある。装飾品の細工の腕なら、あの人の腕を超えるかもしれない。そういえば、あの時、2人で話している時があったな。


「――もしかして、あの店に訪れてた時、少し遅れて出てきたのはこれを頼んでいたからなのか?」

「えぇ、そうです」


 少し恥ずかしそうに頭をかきながら彼はそう言った。


「だって、ライルさんから貰ったものを、それも加工術を施してもらうのに、そのままなんて嫌じゃないですか。できることなら、装飾品にしてずっと身に着けておきたくて。仕上がるまでは黙っておこうと思って、隠していたんです」

「……そ、そうか」


 君のそういうところには慣れたが、もし私以上に大事な人ができたらどうするつもりなんだ。なんでもかんでも私を優先するつもりじゃないよな。それと、これを頼まれた彼女はかなり複雑だったんじゃないだろうか。彼に友人以上の想いを持っているようだった。場合によっては女性への贈り物だと勘違いされたらどうするつもりだ。いや、鈍い彼のことだから何も考えていないだろうな。


「では、いま着てる服をすぐ脱ぐので待っててくださいね!」

「いやいや、少し待て。下着だけになるつもりか。春だといっても、少し寒いだろ」

「今まで病気になったことはないから大丈夫ですっ!」


 羨まし――いや、病弱だったのは昔のことだから別にいいのだが。まだ暖かいといっても、下着だけになろうとするとは、どういう精神をしているんだ。そもそも私がいる前で恥ずかしくは……まぁ、ないのだろうな。前も全て脱ごうとしていたし、彼にとってどうでもいいのか、それとも趣味なのか。


「ライルさん、なんか今、変な勘違いをしていないですか?」

「? そんなことはないと思うが。


 というか、先にペンダントに加工術を施してから服を渡してもらった方がいいんじゃないか?」

「! 確かにそうですねっ!」


 彼からペンダントを受け取り、テーブルの上に置く。引出しから先がとても細い加工ペンを取り出す。宝石に加工術を施す場合は、普通の加工ペンだと太すぎて描くスペースが少なくなるため、このようなペンで施すのがちょうどいい。


「とりあえず転移と通信、それと収納の記号は記してほしいんだったな。他になにか施してほしい加工術はあるか」

「そうですね、そういうのは大丈夫です」

「そうか。なら、他に何か聞きたいことはあるか?」


「えっと、確か魔石って、加工術を施しても魔力を吸収・放出する力は失われないんですよね」

「場合によってはな。その魔石の力を抑制する記号を記せば、勝手に魔力を吸収することも、魔力を使うこともできない」


 そもそも魔石に加工術を施すのは危険が伴うため、特別に資格を持っていないと魔石に加工術を記すことが許されていない。というのも、ろくに加工術を学んでいない素人が施した時、魔法が暴発して周りが更地になるなんてことがあった。これ以来、勉強して、実力をつけ、資格をとらなければ許されないのである。だから、魔石に加工術を施せるのは一種のステータスとなっているらしい。まぁ、それは私にとってどうでもよいことだがな。



「もし魔石に加工術を施したかったら、資格をもった加工術師に施してもらいなさい」

「はい、分かりました! って、あれ? ということは、ライルさんも持っているんですか?」

「まぁ、加工術師になるついでにな。そもそも魔力が無いから、魔石に施せた方がいいからな。

 それで、だ。加工術によって、魔石の力を強めたりすることもできる。とりあえず、今回は意識的に魔力を吸収・放出できる術を施しておこう。それと、貯めることができる魔力の量も増やすこともできるが、どうする?」

「あ、お願いします!」


 



――――


「ふぅ……」



 なんとかペンダントと武具に加工術を施しおえ、一息つく。ペンダントの加工術を施した後、彼はすぐに服を脱ごうとしたので、その代わりに私のローブを貸した。――のはいいのだが、その時、ローブを嗅ごうとしていたから止めたのはここだけの話だ。


「お疲れ様です。俺の為に、本当にありがとうございます! 加工術の勉強にもなりました!」


 そういって、彼は嬉しそうに私が言ったことをメモした紙を見せ、キラキラとした表情でいった。その姿が少し眩しくて、照れたような嬉しいような不思議な気分になったのはここだけの話だ。下手で簡単な文字しか書けないようだから、暇な時に文字の練習帳でも渡しておいてもいいかもしれない。――ってなんで私がそんなことを……。まぁ、覚えていたら渡しておくか。覚えていたらな。


「あ、あと代金はちゃんと払いますからね」


 少し間をおいて、彼はそう付けたした。確かに、これからは加工術をする代わりに報酬はもらうことにしていたが、今回くらいはもともと約束だったからいらないぞ。といっても彼の気持ちはすまないのだろうな。


「それなら、ペンダント分の金はいらん。そもそも、それはプレゼントなんだ。加工術を含めてプレゼントということでいい」

「い、いいんですか?」

「プレゼントということなら、ペンダント代金を払った方がよいかもしれないな」

「いやいや、友人価格で材料費ぐらいしかかかっていないので大丈夫ですっ! というか、こちらがお金払いたいくらいなのでっ!」

「まぁ、そういうことならいいが」


 とりあえず、後で加工術の報酬を払ってもらうということになった。

 さっそく返した防具を着て、ペンダントを首につけ、剣の加工術に触れ、顔を緩めている。少し、恥ずかしいような照れたような気持ちになったが、なんとかそれを顔に出さないように平静を装った。



「一生、大切にしますねっ!」

「いや、壊す勢いで使ってくれないと、施した意味がないだろ」

「そ、それはイヤですよ……」


 元がよかったからだろうか、

 服の裏地には身体強化と強度を上げる加工術をした。これで、わざわざ手で触れなくても思っただけで魔法を発動できるようになった。表面と胸当てには、攻撃や魔法を吸収する効果がある記号を描いた。この加工術は彼の魔力ではなく、相手の魔力と衝撃に反応して発動するようになっている。そのため、この記号は空気中の魔素を吸収している。だから、表面と胸当てには彼自身は魔力を流さなくてもいいようになっている。


 剣にいたってはかなりの工夫を施し、強化だけではなくを埋め込んだ。これによって、戦闘がかなり有利になり、彼の力が十二分に発揮されるだろう。魔法剣士は、剣だけでなく、魔法とともに戦う職業であるからな。どの加工術を、そして速く発動させることも大切だからな。

 これを提案したのは彼からだった。彼は記憶力はからっきしだが、発想力は子どもの頃の私ぐらいかもしれない。ちゃんと記号を描くことができたら、私以上の加工術師になっていたかもしれない。


 ペンダントにはさっき言ったとおりの加工術を施した。もともは素朴だが、不思議と魅力のあるペンダントだったが、記号によって更にその良さが現れている。なかなか良い仕上がりではないだろうか。彼はかなり気にっているのか、いつの間にか剣をしまっていて、ペンダントのアメジストを光に透かしながら見惚れていた。



「――それで、君はいつまでニヤニヤしているつもりだ」

「俺、このペンダントをライルさんだと思って大事にしますね!」

「それだけはやめてくれっ!」

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